起業の方法や真実

ついに言いました。ユウスケ会社辞めるってよプロローグ

ついに

ついにですよ、、、

 

言いました。

ボクは言いました。

 

『会社辞めます』

 

2019.3.15

ボクはこの日を忘れない。

ついにボクは「会社辞めます」と言うことができました。

 

今日はそのことについてブログを書かせてください。

絶対に伝えたい、そして同時に僕の備忘録としても残しておきたい想い。本編は実際に退社した時に綴らせて頂きますが、今回は軽めのプロローグとして。

 

社会人二年目になったあたりから漠然と抱いていた想い。

このまま人生が終わっていくのか、、、

夢とやりがいを求めて入社をした今の会社、日々の業務に追われ、いつしかあの頃の青い気持ちはどこかへ消え去っていました。

気付けば毎日「帰りたい」と思うように。

ルーティーン化された平日に嫌気が差し、土日は週明けから始まる仕事に怯えながら過ごし、いつしか僕は漠然と「会社を辞めたい」と思うようにっていました。

しかし何も考えずに辞めるほどの勇気も無かった僕は、バイナリーオプションで一攫千金を夢見て現実から逃げてしまいました。

「とりあえずお金があれば会社に行かなくていいんでしょ?」

そんな浅はかな思考から取り組んだバイナリーオプションでは、当時の貯金150万円を全て消し飛ばすという気持ちのイイくらいの爆死具合。

 

「なんだよ、、、人生ってもしかして甘くないのか、、、!?」

 

人であればいつしか気づくはずの命題に僕は23歳で気づいてしまった。

簡単に変わると思っていた人生。

自分の思い通りにいくのが当たり前と思っていた人生。

夢にチャートが出てくる日々を乗り越え「僕はこの会社で一生を過ごすしかない」と決心をしました。

しかしその決心は2週間で揺らぎ、気付けばGoogle先生に「人生 勝つ」と打ち込む青年がいました。

程度の低さを物語っている検索ワードですが、この諦めの悪さが今の僕の礎となっていることは言うまでもありません。

 

正直最初は転売なんてやりたくありませんでした。

だってカッコ悪いじゃないですか。

カッコ悪いと言うか響きが悪い。周りの友人や家族に「おれ転売してるんだ」と言ったと想像した時のイメージはまるで良いものではありませんでした。

しかし当時の僕には余裕が無かった。

コツコツ貯めた150万円の貯金を全て溶かし、心身共に疲弊していた僕はカッコ悪いとかどうでもよかった。

奥さんに言うのもためらいましたが、僕はやるしかなかったのです。ダサいとかイメージが悪いとか、そんなことは百も承知で僕は奥さんに「これ(転売)で人生を変える」と豪語しました。

すると思いもよらぬ言葉が返ってきました。

「バイナリーでパソコンとにらめっこしてお金を稼いでいると言われるより、よっぽど私は安心して見ていられるよ。」

、、、、、、

 

ボクは言いました。

 

「確かに。」

 

別にバイナリーが稼げないとは言いませんが、確かに稼ぐ系に興味の無い家内からしたら「チャートを見てワンクリックでお金を賭けている旦那」よりも「泥臭いけど物を売ってお金を得ている」方がよっぽど信憑性が高いなと。

ここで学んだことは、自分の固定観念など本当に無意味で浅はかなものだということ。

 

上記の理由に加え、とりあえず当時の僕は単純に「スグにお金が欲しい」という状態でした。

今の日本であれば毛嫌いされる価値観ですが僕の本音でした。

キレイゴトなんて言ってられない状況は本当に人を成長させます。成長させると言うよりかは、人の本来の姿が映し出されます。

別に当時借金をすることは可能だったかもしれませんが、当時の僕は自分からプロポーズした直後でした。さすがにプロポーズ直後に借金を背負うということは僕のプライドが許しませんでした。

そのような想いから転売に取り組み、最初こそやはり乗り気ではなかったものの、利益が出始めると調子づいてくる自分もいました。

 

アレ、、、、

これ、、、稼げるやん。。。。。

 

そう思った単純な僕はドンドンのめり込んでいきました。

 

モチロン辛い思いもたくさん味わいました。

日々の本業での激務を終えた帰宅後、新妻が待つベッドからの誘惑を振り切り、独りパソコンに向かう日々。

ピーク時は1日の睡眠時間が2~3時間という鬼追い込み具合でしたね。学生時代の「俺寝てないぜ自慢大会」であれば完全に首位独走の睡眠時間でした。

出社時も眠すぎて運転中に寝落ちして、事故寸前で起きることは恒例行事でしたね。

当時の師匠に「せどりは筋トレと一緒、コツコツやるのが大事」と言われた僕は、貴重な本業の昼休み中に近所のジムに通っていました。眠すぎる状態で筋トレすると涙が出てくるのは昨年イチの大発見でした。

発想が貧困過ぎるのは置いておいて頂きたい。

別に僕は「これだけ辛かったんだぜ自慢」がしたいわけではなく、シンプルに感じることができていたんですよね。

なんかキツいけど、オレ、今、生きている。

って。

ドMと言われたらそれまでなんですけどね。

そういえば僕は趣味で行っているバレーボールでも守備専門のリベロというポジションでしたので、元々ドMの素質はあったかもしれません。

毎日会社に出社をしていれば安定収入は得られますが、僕はその日々を本当に「死んでいる」と感じていました。

これは別に会社をディスっているわけでも何でもなく、僕自身のスタンスや感じ方の問題です。

要は甘えられる環境が揃ってしまっているので自然とたるんでしまうんですよね。

シンプルに会社に対して申し訳なくなってしまいました。

そして僕はそんなこんなで副業月収50万円を達成しました。

さすがにビビりの僕でも、「あれ?これイケるんじゃね?」という実感が湧いてきました。

50万円を達成したのは昨秋のことでしたが、退職がここまで延びたのには理由があります。

そう。

 

僕がチキンだったからです。

 

だって怖いじゃないですか。普通にコワいじゃないですか。

 

毎月20万円程の安定収入がありながら、半年に1回ボーナスがもらえるんですよ。

それを捨てるなんて並みの神経じゃないですよね。ハッキリ言って気が狂ってるとしか思えない。少なくとも過去の自分はそう思っていました。

 

しかし僕は良くも悪くも単純なので、昨冬頃から徐々に「独立。。。。」と思うようになっていました。

これには、転売から始めたネットビジネスを通して知り合った「起業家の方々」の影響が超絶大きいです。

何より転売・ネットビジネスを通して出会った方々は全員がもう単純に楽しそうなんですよね。

最初はひねくれていたので「は?なに?こんな大人いんの?ウソでしょ?」みたいな心境でした。

でもその「疑心」は徐々に「理想」に変わっていきました。

僕は大人って「死んだ魚の目をしているのが最も大きな特徴」だと思っていたので、半分出会い系みたいなカタチで出会ったこの人たちは「なんでこんなに生き生きしてんの?」というホント鳩に豆鉄砲でした。

ワルに憧れる思春期のように、僕は急速に「起業家の世界」へのめり込んでいきました。

もう親からしたら悪友ですよね。

自分の息子が安定収入を得ていれば安心なのに、不安定な「起業家の世界」へ招き入れるワルい大人たち。

僕自身は一生かけても返しきれない恩を感じていますが、あなた方は僕のお母さんに会ったらディスられることでしょう。

でもここでお伝えしたいことは「あなたは誰の人生を生きているの?」ということです。

親の為?

奥さんの為?

家族の為?

違いますよね。そう。自分の為です。

独りよがりのオナ〇ーみたいな表現をしてしまいましたが、これは一種の真理だと思います。

僕は単純にお金を稼がないと本気でマズいという思いから始めた転売でしたが、徐々に自分の人生を生きたいと思うようになり、起業家の道へ足を踏み入れようとしています。

会社を辞めることはゴールではなくスタートですが、確かに僕の中で大きな一歩です。

せっかく呼吸をして生命活動を維持しているのだから、生きているという実感を常に得られるようにこれからも活動していきます。

ありがとうございました。

25歳で年収1000万を捨てて脱サラした既婚男性

現在の僕は、物販ビジネスで起業をしてPC1台で仕事ができるノマド的な生活を送っています。

パッと見は「なんだマルチの怪しい奴か・・・」と思うかもしれませんが意外と真面目に起業して家族も養っていますのでご安心ください。

こんなライフスタイルを確立できたのは「最速で結果の出る物販(転売)に副業で取り組んだから」でしかありません。

最初はただ一生昼から銭湯でビールを飲んでたいという思いからでしたが、どれだけ浅はかな動機でもその思いさえ本気なら夢を叶えることは可能でした。

よかったらぜひプロフィールをご覧になってみてください!

こちらです。