副業

家族がいたのに大企業を辞めてまで独立起業した理由を全部ブチまける

僕は25歳の時点で年収1000万を超えていて、その時点で家族もいましたが、全てを捨てて脱サラしました。

もちろん当時は死ぬほどビビりながら会社を辞めましたし、何なら会社を辞めると伝えたら母親に猛反対されたりしましたが、今回はその決断するに至った理由を全てお伝えしていこうと思います。

家族も大事だけど自分の人生も当然大事だから

まず一番強かったのは、もちろん家族の人生も大事だけど、それ以前に前提として僕の人生もめちゃめちゃ大事だったからです。

なぜなら、すごく当たり前のことを言うかもしれませんが、僕の人生は僕のものだからです。他人主導のものではないんですよね。

ただ、これは一見ワガママと捉えられがちですが、ちゃんと家族のことも考えてのことです。

家族を幸せにしたいからこそ、まずは自分が幸せになって、ちゃんと分け与えられる存在になろう。そう決めたのです。

まずは自分が幸せにならなければ人に幸せなんて分け与えられるはずもないので、起業という決断に至りました。

欲しいものは全部欲しかったから

これを人に話すと「ワガママすぎw」とか「我慢しろよw」と言われますが、僕は欲しいと思ったものは手に入れないと気が済まないタイプでした。

三人兄弟の末っ子として甘やかされてきたせいか、自分の「〜したい」という感情にフタをすることが何よりも嫌いでした。

Yusuke
Yusuke
いい車、いい家、いい時計。全部買う。そして家族の欲しいものも全部買ってあげる。それが男だ。

と、平成生まれにも関わらず昭和をこじらせたような考え方だったこともあってか、普通に会社員の給料では全く足りないことに気づいたのも起業した大きな要因です。

日本とかは特に、「欲しいものを欲しいと言えない雰囲気」がありますが、

Yusuke
Yusuke
そんなところで抑圧されてしまうなら、何の為に生きればいいの?

と本気で思ってしまうタイプです。

定年まで興味のない仕事や組織に縛られる地獄に耐えられるわけがないと思ったから

やりがいのある仕事や好きな仕事に就いている人は本当に尊敬しますが、僕は会社員時代の業務に1mmも興味がありませんでした。

ちなみに僕の前職は、自動車工場に工具や機械を納入する商社でした。

入社してから気づきましたが、僕は自動車の運転は好きですし、カッコイイ車に乗って女の子にチヤホヤされたい気持ちはありましたが、自動車の生産現場なんて全く興味がなかったのです。

Yusuke
Yusuke
こんな仕事を定年まで続けるくらいなら死んだ方がマシだな

と本気で思っていました。

そう思った結果の行動として、「どれだけ仕事をサボれるか」にコミットする時期もありました。

車で40km離れた街まで行ってラーメンを食べて、そのまま昼寝して1日を終えてみたり。

時には自分も訪れたことのない街まで行って、よく知らない川で鴨に餌をあげて3時間くらい潰してみたり。

時には会社のある愛知県から岐阜県や静岡県までサボりに行ってみたり。

サボりにサボりまくっていたのですが、

Yusuke
Yusuke
このサボる時間って俺の人生にとって何の意味もないどころか、かけがえの無い若い時間を無駄にしているからむしろ死ぬほどマイナスやん…

という盲点に気づき、副業や起業に踏み切りました。

あと、毎日プロボックスという狭い営業車の中で寝てばかりいたので、腰も痛過ぎて限界でした。

一時期は転職も考えていたのですが、やりたい仕事が全く見つからなかったので「それなら自分でやるか」と思い、今に至ります。

子供にダサい姿を見せたくなかったから

会社の同期や大学時代の友人らと飲み会をすると、毎回のように会社の愚痴や不満ばかりをこぼしていたのですが、その時間がすごく無駄に感じる瞬間がありました。

Yusuke
Yusuke
こんなダサい姿は子供に見せられん

当時はまだ子供はいなかったのですが、いつか生まれてくる自分の子供に愚痴ばかり言っているダサい親父の姿なんて見せたくなかったんですよね。

一生大学生みたいな生活がしたかったから

大学生の頃は毎日好きな時間に起きて、好きなだけ遊び、好きなだけお酒を飲み、好きなだけタバコを吸うという最高の生活を送っていました。

学生時代の友人たちと集まると、いつも「あの頃に戻りたいね」という話になっていたくらいなので、

Yusuke
Yusuke
それなら戻ったろう

と思って起業しました。

実際に情報発信ビジネスで仕組み化をしてからは、朝10時からハイボールを飲んだりできるような生活リズムが実現したわけですが、

友人は基本的にみんな会社で働いているので、学生時代のように遊んでくれる友達が誰もいないという盲点に気づいて絶望もしました。

まとめ:やり直しができない人生で後悔だけはしたくなかった

ここまで色々な理由を書き連ねてきましたが、どれもそんなに珍しい理由ではないと思います。

まとめてみると、

・家族も大切だけど自分の人生も超大事だから
・欲しいものは手に入れないと気が済まないから
・興味もない仕事に何十年もの時間とエネルギーを割きたくなかったから
・子供にカッコ悪い姿は見せたくなかったから
・一生大学生みたいに自由に生活したかったから

というような感じです。

改めて見返してみると凄く自己中心的な理由ばかりですが、僕はそれでいいと思っています。

冒頭でも記載したように、幸せや富といったものは自分が満たされていなければ人に分けられないので、まずは自分が満たされることを意識しています。

その上で社会貢献とかキレイゴトに本気で取り組めるようになっていくものだからです。

だから、近しい人や社会に幸せを与えたいと思うからこそ、まずは最短で自分を幸せにすることだけ考えていこうと思います。

ありがとうございました。

一般公開のブログでは、決してお話しできない裏話があります。

僕は24歳で転売ビジネスを始めて、開始1年で年商5000万を稼ぎました。

しかし、忙し過ぎたので全てを放棄し、そこからは情報発信ビジネスに路線変更して月100万円以上を完全自動で稼げるようになりました。

去年まではセミリタイヤしていて、毎日昼に起きて酒を飲んで寝る。そんな生活を続けていました。

 

・・・が、しかし、

奥さんの妊娠をキッカケに「流石に生まれくる子供にこんなニートみたいな姿は見せられない」と思い、再びビジネスの再開を決意します。

と言っても、元々は忙し過ぎて年商5000万の転売ビジネスを放棄した人間だったので、ビジネスを再開するとしても忙しいのは絶対に嫌でした。

 

なので、今は「平日のAMだけ働く」というスタイルを確立して家族を養っています。

 

何だかんだ仕事を再開したら面白くなってきているので、今は「完全自動で年収1億円」の仕組みを構築中です。

30歳までに家族が一生セミリタイヤできるレベルの資産を構築して、その後はずっとやりたかった保護犬を守る活動とか、好きなビジネスをしながらのんびり生きていこうと思います。

 

が、こんなことを聞いても信じられないかもしれません。

もし信じられたとしても、「あなただからできたんでしょ」と思うかもしれません。

今はまだそれで大丈夫です。

 

でも、僕は幼少期から家族にバグと呼ばれて育ってきましたし、親のお金で進学したFラン大学でもちゃんと酒とタバコに溺れました。

おまけに就職した会社の入社試験は3点です。もちろん100点満点のテストです。

正直書いていて悲しくなるレベルですが、こんな僕でもできるのですから、安心してもらえたらなと思います。

 

もしもあなたがゼロから情報発信ビジネスを始めて、時間にもお金に縛られない生活を手に入れたいと少しでも思うのであれば、かなり力になれる自信があります。

最初から才能に恵まれた天才が語るような夢物語ではなく、本当にゴミクズ学歴底辺がゼロから這い上がってきたリアルを、お見せすることができます。

 

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