PROFILE

Yusuke(@ysk127272)

僕は1993年生まれの27歳で、現在はPC1台で毎月7桁以上の収入を得ながら家族を養って生活をしています。

いきなり胡散臭すぎるプロフィールに僕自身も驚きを隠せていませんが、一切盛ってはいません。

・どうやって稼いでいるのか?
・どんな風にここまできたのか?

を、5分以内に読める文量で包み隠さずに話していきますので、まずは最後まで読んでから僕のことを判断してもらえればと思います。

それでは早速いきましょう。

簡単な変遷と現在の事業内容

2016年:大学卒業後、愛知県にある商社へ入社

2017年:社会人が向いていないことに1年かかって気づく。それに平日の朝から銭湯に浸かれないなら、もう組織にいる意味はないと思い副業を決意。しかしバイナリーオプションで一攫千金を狙うも、貯金150万円を全て溶かして無事死亡。

2018年:人生はそんなに簡単に変わらないことにようやく気づき、ネット物販でコツコツいくことを自分に誓う。死ぬ気で作業をして、半年で副業月収50万円を超える。

2019年:無事、脱サラ。

2020年:ネット物販で月収100万円を突破。その後、情報発信を開始。自身初のコミュニティ企画で発信だけでも月収100万円を突破。

【現在の事業内容】

■ネット物販
■複数メディア運営
■個人向けコンサルティング
■ライティング代行

といった感じでして、現在は上記で挙げた内容を全てPC1台で仕事ができるように仕組みを整えて、ゆるりと生きています。

基幹事業は物販コンサルティングです。

物販の方は最初こそ副業でやっていたので自分で梱包したりもしていましたが、今は全部人に任せてしまっているので、自分はPCでデータ管理をするだけとなっています。

コンサルティングやそれ以外の事業は僕の脳ミソとネット環境があれば大丈夫なので、PCさえあればどこにいてもOK、という状態です。

なので、時にはスパに行って作業をしたり、カフェでやったり、旅行先のホテルで仕事をしたりしています。

それで年間1000万以上の収益を得ています。

しかし、冒頭で記載した軽い年表を見てもらえばわかる通り、順風満帆にここまできたわけではありません。

自分でも思い出すとヒくくらい遠回りをしてきたので、そこも含めて見てもらえると嬉しいです。

それでは、ここからは初期の暗黒時代から現在に至るまでを遡って見ていきましょう。

営業車内で体育座りをして自問自答する日々

僕は社会人になってから1年程は普通に商社で働いていました。

学生から社会人になってすぐの頃って、環境の変化に適応するので結構イッパイイッパイになってしまうものですよね。

僕も全く同じで、社会人というものに慣れるのに精一杯でした。

上司は怖いしクライアントに怒られる毎日だし、社会人は大変だなぁと思いつつも、華金に全てを解き放つ瞬間は楽しかったですし、先輩や給料は良かったのでとりあえず働いていました。

しかし1年も経ってくると、早くも人生絶望モードに入っていきます。

色々自我が芽生え始める時期ですからね。社会人2年目というものは。笑

キッカケは何でもない1日でした。

ある日の仕事終わり、喫煙所で先輩たちとタバコを吸いながら「今日も疲れたな〜」なんて談笑している時に、上司たちの大体の年収を知る機会がありました。

そのまま働いていれば未来の自分の姿ですからね。興味しかないので色々聞いていくと、ひと回り上の上司(35歳位)の年収が800万くらい。

海外転勤を終えて戻ってくれば年収1000万くらいで、その辺りがアッパーという事実を知りました。

なるほど、やっぱり平均的に見るといい方なのかなと思いつつも、

あ、そんなもんなんだ。

と思ってしまったんですよね。

確かにこのまま社会人として一生を終える覚悟ができるのであれば、しっかりマイホームも建てられそうだし、子供が生まれても大学まで出せてあげられそうだな。

とも思ったのですけど、

その未来を手に入れるには僕が馬車馬のように働き、精神的に疲弊する毎日を送るというのが前提条件です。

いや、無理でしょ。と普通に思いました。

今の毎日は普通に生きる分には困らないだろうけど、正直言って仕事はクソつまんないし、華金しか楽しみはないし、その1日や仕事が休みの日だけを楽しみにして毎日働くのは本気で無理だと思いました。

そこから会社を辞めたいと思うようになるのですが、現実はそこまで甘くありませんでした。

会社を辞めてどうするのか?と考えた時に、具体的なアイデアなんて何もなかったんですよね。

辞めたとしても何かしらの手段でお金を稼いでいかなければいけない、ということは流石に理解していましたが、どうすれば自分の理想とする未来が叶えられるのかがわからない。

とりあえず辞めたい。でも怖い。でも会社にはマジで一生いたくない。

という無限ループが頭から離れず、外回りを必死にサボって隣町のパチンコ屋に行き、そこの立体駐車場で体育座りをして空を見上げる日々が続きました。

みんな会社で働いた方がいいと言うけど何だこの人生…

死ぬほどつまらない…

でもどうすればいいのかもわからない….

誰か正解を教えてくれ…

みたいな感じでしたね。笑

期間としては3ヶ月くらいは悩んでいたと思います。

そして悩みに悩み抜き、出た答えは意外とシンプルで「自分で稼げばいいのか」というものでした。

安定を捨てるのが怖かったのですが、会社を辞めたとしても、圧倒的に稼いで会社員の生涯賃金を稼いで仕舞えばOKじゃないか。と思ったんですよね。

自分がそれをできるという根拠は全くなかったですけど。

覚悟を決めるも、貯金を全て搾取されて絶望

Couple

そこからは覚悟を決め、実際に辞める準備を始めていきます。

とは言っても、ビジネス経験もない24歳がいきなりうまくいくわけもなく、バイナリーオプションで貯金を全て消し飛ばします。

バイナリーを知らない方に解説をしておくと、まあ簡単に言うとFXのようなものです。為替が上がるか下がるかを予測してお金を投下するものなのですが、初心者が軽い気持ちでやると大火傷をします。

詳しく知りたい方は「ハイローオーストラリア」とかで調べてみてください。

この頃は正直、絶望でした。笑

今まで僕は社会のレールに沿って割と真面目に生きていきました。

高校時代は県内ナンバーワンのスポーツ校でキャプテンをやったりもしましたし、大学もフル単ストレートで卒業して、学生の憧れと位置付けられる商社マンになりました。

まあ大きなチャレンジもせずに枠の中でしか生きてこなかっただけなのですが、そんな中で誰がどう見てもわかる「失敗」を味わいました。

今まで先生や上司の言うことを聞いて真面目に生きてきたような人って、失敗に慣れていない傾向が強いんですよね。

だから少しの失敗で大きなダメージを負い、病む。

僕も御多分に洩れず、自暴自棄にもなりかけましたし、結構本気で病んでいました。笑

しかし、どこかで見た「死ぬこと以外かすり傷」という名言が僕をハッとさせました。

あ、生きてるからまだいいか、と思えるようになりました。

ようやく見えた微かな光

そしてここから僕の第2ラウンドです。

貯金が本当にゼロになって、今の奥さんとの結婚式用の費用も全て消し飛ばしてしまったので、半年くらいは真面目に働いていました。

しかし、その中でも虎視眈々と次の成り上がる情報を探していました。

そこで、今もずっと稼ぎ続けているネット物販と出会いました。

バイナリーで一度失敗をしている僕は、出来るだけ手堅い稼ぎ方を探して物販に辿り着きました。

独学で破産しかけたので誰かに教わろうと思い、コンサルをしているという人をネットで見つけ、必死で取り組んでみました。

これが正解で、開始3ヶ月で月収30万円、半年で50万円という実績を出すことができました。

簡単にいけたわけではありませんが、僕はもう会社を辞めたくて仕方がなかったので、ネット物販の方を本業くらいの気持ちでやっていました。

成果を出すまでの半年くらいは毎日睡眠時間が3〜4時間レベルでしたが、自然と全く辛くなかったんですよね。

いや、もちろん体はシンドかったんですけど、笑

気持ちとしては「この先に僕の理想が待っている」という確信があったので、夢中で頑張れてしまったという感じですね。

不安と期待が入り混じる中で社会のレールを飛び降りてみる

そして、無事に会社の給料の2倍以上を副業で稼げるようになった僕は、念願の脱サラを果たすことになるのです。

正直、めちゃくちゃびびっていました。

それまでは「うおおおおお!絶対こんな会社辞めてやるぜ!」という勢いだけで副業も頑張ってきたのですが、実際に辞められる状況になると変に現実を見始めようとして。

あれ?本当に辞めてもいいのかな?

これが正解なんだろうか?

変に夢を見なければ商社マンとしてある程度の成功が確約されているのに、そこまで冒険をする意味があるのか?

なんて、急にいい子ちゃんの自分が出てくるんですよね。笑

でも、悩みに悩み抜いた末に、怖かったけど僕は辞める決意をしました。

上司には「アプリを作って成り上がる」と嘘をついてしまったので今でも悪いと思っていますが、僕はこうして晴れて「脱サラ起業」をして新しいレールを自分の足で歩んでいくのです。

中学とか高校とか、新しいステージに進む時のワクワク感と不安が入り混じるような、あの感じでした。

自分の本音に生きる意味が詰まっている

そして、実際に辞めてからも、順調に商社マン時代を超える収益をあげられるようにもなりました。

月に100万円以上を稼ぐこともできるようになりましたが、まだまだここからです。更にガンガン収入を上げていって、30歳までにセミリタイアをする為に動いていきます。

あの頃は道を踏み外すことが怖かったですけど、今は自分の本音を優先させてあげてよかったなと思います。

もちろん家族や将来の安定の為に、会社員という働き方を選ぶことも1つの覚悟です。

でも、僕らの人生は当たり前ですが僕らのものです。

そんな自分の所有物でもある自分の人生においては、自分の本音は何よりも優先すべきものだと思っています。

だから、もしもあなたが今の働き方や将来において少しでも疑問を持つのであれば、一度自分の素直な感情に耳を傾けてあげてください。

少しでも不満があったり、現状の延長に理想がないと思うのであれば、今この瞬間から動き出していくべきです。

まずは自分が満たされることで周りに幸せを分け与えることもできます。

決して、社会や周りが決めたレールを歩くことだけが正義と思わないでください。

僕らの人生は僕らのものだからこそ、自分が進むルートは自分で決めるという選択肢もあるのです。

そして、僕はそれこそが幸せに生きる為に最適な方法だと考えています。

視野は広く、信念は強く、自分の人生の主導権は自分で握っていきましょう!