プロフィール

man wearing brown jacket sitting near gray link fence

僕「先輩!実は僕!結婚するんですよ!!」

先輩「じゃあ会社辞められないな。」

 

皆様も言われたり聞いたりした経験があるのではないでしょうか。

これは日本に蔓延る凝り固まった既成概念の1つです。

 

住み慣れた静岡県という土地を離れ、大学進学を機に愛知県へ移り住みました。

酒とタバコに塗れた「人生の夏休み」と呼ばれる大学生活を終え、土日休みに趣味のバレーボールが出来るというだけで選んだ「商社」へ入社しました。

 

入社1年後、当時交際していた彼女と同棲を始め、その半年後にはプレッシャーに負けて23歳で入籍をしました。

そんな時に上司から頂いたアドバイスが冒頭の「結婚したら会社辞められない説」です。

素直に「なんでやねん」と思いましたが、上司も本気で僕の為に言ってくれているということはわかりました。

 

漠然と「なんでやねん。」とは思ったものの、具体的な解決策もないまま悶々とした日々を送っていました。

 

理想とは裏腹の新婚生活

groom and bride standing on narrow pathway

プレッシャーをかけられて結婚をしましたが、結婚生活自体は非常に幸せなものです。

自分で踏み出す勇気がなかっただけですし、4年も付き合った好きな女性と結婚できたわけですから。

しかし、僕が描いていた理想の結婚生活とはかけ離れた現実が待っていました。

 

夕食を毎日一緒に食べ、今日あった出来事を面白おかしく語り合う「一家団欒」を夢見ていました。しかし勤めていた商社の帰りは遅く、定時で帰れることなど皆無で、基本的に帰りは毎日21時以降でした。

 

最初は妻も僕の帰りを待ってくれていていましたが、さすがに悪いと思い、1人でご飯を食べる毎日へとシフトしていきます。これが結構悲しいんですよね。

ご飯を作ってくれるだけ有難いですが、欲を言うと好きな人と一緒に食べたい。これじゃ何の為に結婚したのかわからない。

 

将来を想像してみても、子供が起きる前に出社をして、帰ってきたら子供の寝顔しか見ることができない。

そんな「ブラック企業勤めのお父さん」になってしまう姿が容易に想像出来てしまう。

家庭の為に頑張るお父さんだって「ひとりの人間」なので、そのお父さんが幸せじゃない家庭なんて、絶対にうまくいかないと思います。

 

また、同棲・結婚をするにあたって発生する「固定費」の数々。家賃や光熱費、食費、加えて奨学金返済。

実際にかかってくる費用を全て「自分で働いて稼いだお金」で賄うことは、新卒2年目の「大学生気分の抜けていない若造」には辛すぎる現実でした。

そのうえで「妻を幸せにする」という使命の困難さも、ひしひしと感じました。

 

僕だって、

「レンジローバーやBMWに乗りたい」

「ロレックスやウブロの時計欲しい」

振り返ると低俗な欲求だと思うものの、当時20代前半の僕が描けたものはこの程度だった。

加えてもう一つ、原田という人間を構成するうえで絶対に欠かせない欲望があります。

それは「昼から銭湯に行き、ビールを飲む」ということ。

brown monkey on body of water shallow focus photography

大学4年生で就職活動も終え、単位も取り終えて授業もなくなり暇な時期がありました。

その間はコンビニの夜勤バイトを週3~4ペースで行い、夜勤明けのルーティーンとして、そのまま近所の銭湯に行っていました。

 

日差しの眩しい朝から露天風呂に入っていると、お爺ちゃんが有り得ない速度で話しかけてきます。僕もそんなにワルじゃないので、眠気と快楽の狭間にありながらも会話をしていました。

気がつくと超仲良くなっていて、風呂上りにビールをご馳走してもらえることが多く、最高に気持ちが良かったです(笑)

 

この銭湯にいる時間が「どこか社会の時間軸とかけ離れた部分にいる」ような感覚になり、優越感のような気持ちも入り混じりで本当に至福の時間でした。

いつでも昼から銭湯に行って、いつでも好きな時にビールを飲みたい。

一度きりの人生、「お金」で制限されるなんて絶対に嫌だった。

 

自分の素直な気持ちだけは叶えてあげられる自分でありたいと、強く想いました。

欲しい物を我慢して、それを「現実」と受け入れることが大人であるならば、僕は大人じゃなくていいやと思ってしまいました。

 

怖かったけれど、お金と向き合うことを決めた

U.S. dollar banknote with map

「なぜ人は働くのだろう」と自問自答し、「お金の為」と気づいてしまったあの日。

 

就活の時は「お金もよりもやりがいが大切!」と青い希望を持っていましたが、出た結論は青い希望を簡単に打ち砕きました。

辛くはあったものの、シンプルでわかりやすいな、と冷静になったことも覚えています。やりがいなんて自分が満たされていなければ感じることはできないと思っています。

 

今いる会社で定年まで働いたとして、僕の欲望は満たされるか?と問われると「NO」でした。

そして、そんなわかりきった未来を前にして、ただ立ち止まっているような自分でいるのか?そんな自分を誇れるのか?そう自問自答したときの答えも当然「NO」でした。

 

行動してみてダメなら諦めがつくけど、僕は自分の目で確かめもせずに諦めることだけは絶対にしたくなかった。こんな若造でも知っていることがひとつだけあります。

 

それは「人は死ぬ」ということ。

誰にでも平等に与えられた「寿命」という有限な資産を、死んだ魚のような目をしてただじっと待つなんてことは、とてもじゃないですけど耐えられませんでした。

 

24歳で「副業」に目を向け始める

man holding black smartphone with flat screen monitor in front

経済的に満たされたいけれど、すぐに会社を辞めて起業だ!と踏み切れなかったこともあり、まずは「副業」に興味を持ち始めます。

最初に手を出したのが「バイナリーオプション(以下:バイナリー)」でした。

バイナリーとはトランプのハイロー(数字が上か下か当てるゲーム)のようなもので、しっかりと勉強をすれば投資になるのですが、勉強せずに一発逆転を狙った僕にとってはギャンブル以外の何物でもありませんでした。

 

2~3ヶ月程続けた結果、新卒1年目でコツコツ貯金していた150万円を全て溶かしてしまいました。

現実を受け入れることに時間がかかり、悔しくて眠れない日々も続き、夢にも為替のチャートが出てくる始末。

 

FXやこういった投資関連の平均損失額はベンツ1台分と言われている為、そう考えると150万円で済んでよかったなとも思えますが。

あの時抱いた「自分で稼げばいいんだ」という淡い希望はいとも簡単に打ち砕かれ、いつか聞いたあの言葉が脳をよぎりました。

 

「人生甘くない」

 

ネットビジネス・国内転売との出会い

two black flat screen monitors on desk near window

どうしてもこのままで終われなかった僕は、次なる一手を求めGoogleに「副業 リスク 少ない」などと打ち込む日々が続きました。

目に止まったのが「インターネットビジネス」でした。

パソコン1台で大金を稼ぎ、セミリタイアをしたという人たちが何人も出てきましたが、最初は「怪しい・胡散臭い」という感情が強かったことを覚えています。

 

調べていくうちにセミリタイアをした方たちは、「アフィリエイト」で稼いでいることが多いという事実も知りました。

そしてトップアフィリエイター達は皆、「転売」からスタートしていることが多かったのです。単純だった僕は成功者の轍を踏むように、「転売」をすることに決めました。

 

「インターネットビジネス」・「転売」、この二つが僕の人生を大きく変えていくことになります。

 

「コレなら俺でも出来る!」と思うことができ、転売で稼いでいる人たちのブログを見ながら手探りの状態で国内転売をスタートしました。

しかし思うように利益がとれる商品を見つけられず、無料教材だけで結果を出すことに限界を感じ、すがるような思いでコミュニティに入ることにしました。

その中でご縁を頂き、コンサルを受けたことで僕の行動が加速していきます。

コンサルの金額は当時の月給3ヶ月分。大学2年生の時に、アルバイトで貯めたお金で一括購入をした愛車と同額でした。

あの頃は車が手に入るという大義名分があったから踏み切れた、しかし今回はいわば無形のサービスへお金を投資するということ。

本当にこのお金を払って稼げるようになるのか?

これで結果が出なかったらどうしよう?

1週間ほど不安と葛藤し、ある種背水の陣のようなかたちでコンサルを受けることを決めました。

 

一度は決めたことですが決済の瞬間は再度葛藤が訪れ、PCの前で2時間ほど悩みました。

本当にいいのだろうか、、、詐欺だったらどうしよう、、、かなり不安定な精神状態でしたが、思い切って震えながら決済ボタンを押しました。

 

結果で示す、深夜の寝室で涙を流したあの日

grayscale photo of cat lying on pillow

コンサルでまず最初に課されたのが「毎日必ず日報をあげる」というもの。

なぜそれで稼げるようになるのか当時は理解出来ていませんでしたが、言われるがままに毎日あげることを徹底しました。

 

あげていくうちに気づきましたが、毎日あげるには活動をしていないとネタがなくなってしまう。

僕と同じタイミングで始めたはずなのに、僕よりも稼げている人を見て何とも言えない気持ちになったし、毎日本業が終わってから眠い目をこすり、妻との「2人の時間」を犠牲にしてリサーチをしているのに初月は1万円しか稼げませんでした。

 

悔しさのあまり、稼げている人は「僕には教えていない何か」を教えてもらっていると本気で信じていました。

当時の僕は頑張っていたと自負していても、毎日日付が回ると寝て、金曜日の夜はしっかり飲みに行き、土日は趣味のバレーボール三昧。

 

結果が出るわけのない行動をしていたと、今ならハッキリとわかります。

頑張っているつもりなのに利益が追い付いてこない。

そんな状況でリサーチを終えて寝床についたある日、新婚の「二人の時間」を犠牲にしながらも、PCに向かう僕に文句の1つも言わずに毎日先に寝てくれている妻の寝顔を見ると、なんだか情けなくなって泣けてきてしまいました。

 

妻にも我慢させて、自分も辛い思いをして、わざわざ時間を差し出して何も得ることができない。

俺は何の為にやっているんだ。。

妻はここまで我慢して見守ってくれているのに、これで結果を出さなかったら情けなさ過ぎる。

 

ココでやめてしまって、日々の大事な時間を一時的に取り戻す方が正解なのかもしれない。

しかし応援してくれている妻の為にも、結果を出して早くラクをさせてあげることが1番の恩返しだと気が付きました。

 

僕はその日を境に、可能な時間をすべて副業に費やすことにしました。自分の生活から甘えを一切取り除き、それこそここで稼げなかったら「人生終わり」くらいの気持ちで。

 

具体的に変えた行動としては

・平日は深夜2~3時までリサーチ

・通勤中はyoutubeでせどりや稼ぐマインド系の動画を無限ループ

・貴重な昼休みを使って、ヤマト運輸に行き発送業務

・スマホに触れない会議中や打合せ中は、常にお金をどうやったら稼げるか考える

・周りの痛い視線を掻い潜り、心を鬼にして誰よりも早く帰社

・華金飲み会特攻隊長だったにも関わらず、飲み会をすべて欠席

・土日のバレーボールの練習と大会を全て欠席

 

これらのように生活の中で副業を最優先にすることで、徐々にですが結果が出るようになりました。眠たい日が続きましたが単純なもので、少し稼げると「ビジネス」をしているという気になれて行動は更に加速していきました。

 

ついに好転し始めた人生

「ハッピー!笑顔が最高の子供」

日々の生活を見直し優先順位をあげることで、結果も目に見えて出てくるようになり、ひと月の利益で10万円を超えることができました。

初めて10万円を超えることが出来た月には、妻が以前から欲しがっていた「DIANA」のヒールをプレゼントしたところ、泣いて喜んでくれました。

 

自分よりも先に人に贈り物をしたことに、末っ子の僕が1番驚きました。

誰よりも近くで応援をしてくれていた妻なので、その妻を少しだけ安心させることが出来たかなとホッとした瞬間でもあります。

 

その3ヶ月後には、ひと月の利益で30万円を達成しました。正直、10万円を達成することの方が難しく感じたので、よく例えられる「0⇒1」が1番大変という理由がわかりました。

最初の10万円には全てが詰まっていて、ここで基礎を覚えることが出来たら、後は精度を高めて繰り返していくだけです。

 

そして本業収入の2倍ほどの収入が手に入るようになると、あんなに不安がっていた妻も「もっとやりなさい」と言ってくるように。結果が全てですね(笑)

 

個人的にはコンビニでお昼ご飯のついでに「2~300円のスムージー」を買えるようになったことや、晩酌も「のどごし生」や「金麦」で我慢していたのが、今は「スーパードライ」を躊躇なく買えるようになったのも密かな楽しみです。

コンビニで値段を気にしなくなったのは大きい。

 

その後も更に売上を伸ばし、月利50万円を超えられるようになりました。

まだまだセミリタイアには程遠いですが、副業で毎月50万円を稼げるようになると経済的な不安も少し和らぎます。

あまり貯蓄に興味がない僕でも、このまま継続すれば「10年でマイホームが建てられる」と思えたときにはさすがにインパクトがありました。

 

男としての挑戦

silhouette of man looking somewhere

「自分の力で稼げる」という自覚を持つことが出来て、今では「自分がどのレベルまでいけるのか」を試したいという気持ちに変わってきています。

 

「欲しいものは全て手に入れたい」

 

そんなワガママな欲求からスタートした副業ですが、現在では本業と合わせると年収1,000万円を超える段階までくることができました。

同世代と比較してどうか?という話にさほど興味はないと強がりつつ、年収1,000万円の人を見ると「勝ち組」だと感じていた僕としては1つの目標であったことは間違いありません。

 

このままでも幸せな人生を送ることができるかもしれませんが、僕はもっと稼いで望むものは全て手に入れられるようになりたい。

年収1,000万円という現状を捨ててでも、叶えたい夢があるからこそ、ついに脱サラをしました。自分の人生をもっと彩っていきたいんです。

ネットビジネスを通して出会った人たちは皆、一度きりの人生を楽しそうに生きています。

 

僕もそうした人生を歩み、同世代の方や現状に不満を持っている方々に「人生まだまだ捨てたもんじゃないぞ」と背中で示していきたい。

何が成功かは自分で決める。

世間一般の「成功ルート」と呼ばれる道では幸せを感じることができなかった僕だからこそ、そんなメッセージを体現していきます。

中学生ぶりの「人生」に対する反抗期が始まっています。

25歳で年収1000万を捨てて脱サラした既婚男性

現在の僕は、物販ビジネスで起業をしてPC1台で仕事ができるノマド的な生活を送っています。

パッと見は「なんだマルチの怪しい奴か・・・」と思うかもしれませんが意外と真面目に起業して家族も養っていますのでご安心ください。

こんなライフスタイルを確立できたのは「最速で結果の出る物販(転売)に副業で取り組んだから」でしかありません。

最初はただ一生昼から銭湯でビールを飲んでたいという思いからでしたが、どれだけ浅はかな動機でもその思いさえ本気なら夢を叶えることは可能でした。

よかったらぜひプロフィールをご覧になってみてください!

こちらです。