情報発信

ゼロから1年で年商5000万を稼いでわかった「幸せな金持ち」の定義とは?

こんにちは、Yusukeと申します。

このページでは、僕が「ゼロから1年で年商5000万を稼ぐまでの軌跡」と、その過程で辿り着いた「幸せな金持ちの定義」についてまとめました。

最初に、30秒くらいで僕のことがわかるように説明させて頂くと以下のような感じです。

■社会人2ヶ月目で脱サラを決意するも、バイナリーオプションで貯金150万円を全て溶かし無事死亡

■転売ビジネスだけで家族3人を10年以上養い続ける元トラック運転手のメンター(強面)に出会う

■睡眠時間3時間の生活を続けて死ぬ気で転売ビジネスに取り組み、半年で副業月収50万円、年商5000万を超える

■25歳で年収1000万という人生勝ち組コースに乗るが、そもそも会社に縛られている状態が嫌過ぎて全てを投げ出し脱サラ

■しかし転売が労働収入であるという最大の盲点に会社を辞めてから気づき、セルフブラック状態になり地獄を経験

一度仕組みを作ってしまえば自動で稼げる「情報発信ビジネス」に出会い、生涯をかけて取り組むと誓う

■20代前半で数億円を稼いだWebマーケッターと出会い、情報発信ビジネスだけで月100万以上を完全自動で稼げるようになる

■お金と時間に縛られない状態になり、当ブログの理念でもある「幸せな金持ち」に到達

■労働時間がゼロになったのでセミリタイヤ生活に突入するも、毎日AM10時からハイボールを飲んで寝る生活を繰り返し、しっかり病む

■子供が生まれることが発覚し、「流石にこんな無職ニートのようなパパの背中は見せられない」と思い、ビジネス再開を決意

■しかし忙しいのは転売で懲りていたので、平日のAMだけ働くというスタイルを確立

■今は情報発信ビジネスを通して培ってきたWebマーケティングスキルを駆使し、ピラティスや鍼灸院など実業のサポートも行っている

 

今ではほぼ働かずに月に100万円以上を稼ぐことができるようにはなりましたが、ここまで順風満帆にきたわけではありません。

遠回りどころか、むしろ死にかけながらここまできたので、ぜひその全てをご覧ください。

幼少期:超優秀家系の「バグ」として育つ

1993年に静岡県静岡市で生まれ、男三人兄弟の末っ子として育つ。

キリスト教の幼稚園に通い、週2回はチャペル(教会のような施設)で礼拝をするという幼少期を送っていた。

ちなみに当時は礼拝の意味がわからず、お祈りに使うペンライトを振り回してぶん投げるという習性があった為、ペアの女の子はいつも「こいつ頭おかしいんじゃ?」と言わんばかりにこちらを見ていた。

僕は家が貧乏とか、コミュ障とか、ネットビジネス界隈にありがちな初期設定は1つも持ち合わせていない。

むしろ父親は年収1200万のエリートサラリーマンだったし、親戚は5人兄弟のうち4人が東大だったり、上場企業の会長だったり、一般家庭の中ではかなり恵まれた家系だった。

 

兄も学生時代から生徒会長をやるような人間で、スポーツ万能、頭脳明晰。

今は医療機関で国家公務員として働くようなガチガチのエリート。

しかし、そんなエリート軍団の中で僕だけが、典型的な落ちこぼれゴミクズ人間として育っていく。

 

学習塾やスポーツ教室などの習い事は少なく見積もっても10回以上辞めているし、中学校代は深夜徘徊で補導されてしまったり、家族からは「バグ」と呼ばれてここまで生きてきた。

両親は優しかったのであまり怒らなかったが、その代わりに兄たちからの言葉と力による圧力は日々続いた。

特に次男は人の心が欠けているサイコ野郎で、「お前は橋の下で拾われてきたんだよ」と真顔で言って詰めてくるような男だった。

何度もシバきたいと思ったが、兄の握力は65以上あったので、力に屈する他なかった。

高校時代:先輩にパシられまくり社会の厳しさを知る

真面目で優秀な兄たちは県内トップレベルの公立校に行くも、僕はしっかり受験に失敗して滑り止めの私立高校に通うことに。

しかし、たまたま入った高校のバレーボール部が県ベスト4常連という強豪で、当時身長160cmのチビガリだった僕は、190cm以上もある大男(先輩)たちに目をつけられてパシられまくる毎日だった。

当時、僕らの世代で流行っていた「MATCH(マッチ)」という炭酸飲料があった。

運動の後に飲むと悪魔的なウマさを誇るこのドリンクを、部室から一番遠い自販機まで行って時間内に買って来れなければボコボコにされるというシステムだった。

時間を過ぎてしまうと握力70kg以上もある怪物に本気で殴られるので、毎日死ぬ気でパシられていた。

 

他にも、わざわざ教員用の通用口を通るという条件付きで、吉野家を買いに行かされて、結局柔道部の顧問に見つかりボコボコにされたり。

遠征合宿でマリオパーティというゲームを夜通しやらされたり、顔にサラミを延々と塗り続けられたり、今思えば笑い話だが本当に地獄の高校時代だった。

2012年:クズ大学生の模範となる生活を送る

両親のお金で遊べる最後の夢の時間を楽しみに、愛知県にあるFラン大学に進学。

「地元を離れてデッケー男になる」と周囲に豪語して県外に出るも、ひどいホームシックに悩まされて半年間くらいは月イチペースで帰省をするというオチ。

しかし、次第に大学でも友達ができてきてホームシックもなくなると、持ち前のろくでなさを遺憾なく発揮し、クズ大学生の模範的なライフスタイルを確立

酒・タバコに溺れて授業をサボる。バイトだけはちゃんと行く。全国の大学生の9.9割がこの生活リズムと言われている。

図書館の会議室を貸し切って「どうすれば社会人の歳上お姉さんのヒモになれるか?」を本気で講義してくれる友人がいたり、

大学に来てタバコだけ吸って帰る「学校を喫煙所だと勘違いしている」友人は数え切れない程いた。

 

この大学生活で得たことは、

・コンビニ弁当の廃棄のもらい方
・裏インターネットカジノで一晩で300万溶かす方法
・イッキの仕方とゲ○の吐き方

くらいのもので、年間120万という学費を親に払ってもらっているとは思えない程のしょうもなさである。

 

そんなこんなで大学生活も終わり、ついに地獄の就職活動が始まることになる。

これまでの学生生活を通して僕は「モテたいけどイキって全くモテない」という童貞丸出し男だった為、

Yusuke
Yusuke
人生の最大目標は「モテること」である

と強い信念を持っていた。

 

なので、「大企業、特に商社マンはモテるらしい」という先輩からの情報だけを頼りに就活に取り組んだ。

今までロクに勉強もしてこなかった人間が、企業の面接になった瞬間に「大学ではチームで動くことの重要性を感じまして〜」と嘘に嘘を塗り固めて語り始める。

面接官もアホではないので、この手の大学生は死ぬほど見てきていると言わんばかりに、ことごとく落とされていく。

2016年:社会の歯車感に絶望する社会人1年目

奇跡的に一社だけ受かった「商社」に、何も考えずに入社した。

ちなみに、商社が何をする会社なのか理解できたのは入社して3ヶ月が経った頃だった。知らない人の為に言っておくと、ただの転売ヤーである。

たまたま僕が入った会社は地元でも有名な企業で、両親や恋人も「いい会社に入った。将来安泰だね。」と最高に褒めてくれた。

 

確かに新卒で年収は500万だったし、30代中盤で年収1000万超えも確約されるような会社だった。

しかし、労働環境が圧倒的にブラック

 

8時始業で深夜1時に退勤して「今日はワンオクロックだったぜ・・・」とよくわからないことを言っている同期もいたし、上司に毎日詰められて10円ハゲができる先輩はいたし、労働基準法を完全に無視した会社だった。

そもそも、仕事内容に1mmも興味もない。

入社初月でいきなり先輩にガン詰めされて心が病んで退職する同期を見て、「ここはダメかもしれない」とうっすら気づき始める。

 

おまけに僕が配属された部署は名古屋から車で1時間以上かかる僻地で、事務所の真上にある独身寮に入居することになる。出勤時間はエレベーターで20秒。文字通り、監獄である。

そこに配属された同期は5人いて、毎晩誰かの部屋に集まっては酒を飲み交わし、「こんなクソみたいな会社は絶対に辞めてやる」と息巻いていた。

※ちなみにこの5人の同期は本当に全員辞めた。

 

「年収500万もらえればいいじゃん」と色々な人に言われたが、続かなかったら何の意味もない。高収入を補っても余りあるブラックさだった。

大企業であるが故の「誰がやっても変わらない仕事」を淡々とこなす毎日。否めない社会の歯車感。

機械工具系の商社であったため、取り扱っていた「ベアリング」という部品を見つめながら、「俺はこれで、これは俺だな・・・」と世迷言を言うくらいには疲れていた。

 

この時の楽しみは華金だけで、1週間の進み方は以下の無限ループだった。

月曜:死んだ目でゾンビのように働く
火曜:死んだ目でゾンビのように働く
水曜:死んだ目でゾンビのように働く
木曜:翌日が金曜なので少し元気になるが、死んだ目は変わらない
金曜:午後あたりから陽気になり、夜の街に繰り出して無双する
土曜:昼くらいから来週の仕事を考えてしまい鬱になる
   満点青空レストランが始まると発作が起きる
日曜:完全に鬱、サザエさんは正気で見れない

金曜日の夜〜土曜の昼までだけを楽しみに頑張る無限ループだった。

つまり1週間(7日間)のうち1日くらいしか楽しみがないわけで、人生の中で楽しいのは生きている時間の7分の1だけだった。

さすがにこれから先の40年以上を考えた時に、僕の中にその生活を受け入れるという選択肢はなかった。

どれだけお金がもらえようが、こんな人間としての営みすら許されないような会社なら、こっちから願い下げだと思ったのである。

2017年:バイナリーオプションで人生初の挫折

しかし、この地獄から抜け出すには、何かしらの手段でお金を莫大に稼がなければいけなっかった。

そう考えている時に、インスタで「タワマン最高!ウブロ最高!ベンツ最高!グヘヘ」みたいな投稿をしている同世代くらいの若者たちを見つけ、連絡を取る。

 

どうやら、話を聞くと「バイナリーオプション」というもので稼いでいるようだった。

大学時代によく見ていたウェイウェイ系男子だったので、

Yusuke
Yusuke
こんな人たちで稼げるなら僕でも余裕だな

と思い、取り組んだ。

 

バイナリーオプションとは、為替を利用した投資系の手法でFXのようなものである。

為替が1分後に上がるか下がるかを当てるゲームで、1分で18万円稼げる時もあれば、1分で20万円を失ったりするような死のゲーム。

インスタで知り合った人から50万円程で自動売買のツールを購入し、本気で人生を変えるつもりで取り組んだ。

結果的に、当時付き合っていた彼女との結婚式費用で貯めていた150万円を全て溶かすことになる。

 

しっかり詐欺だったのだ。

 

後からわかったことだが、ウブロもシャンパンも札束も全部偽物だった。完全に情報弱者として狩られたのである。

この文章を書いていたら当時を思い出して少しお腹が痛くなってきたので、この辺りでやめておこうと思う。

 

今まで優秀な家系のバグとして生きてはきたけれど、これほどの失敗は経験したことがなかったので普通に泣きそうになった。

今まで心のどこかで「自分はエリート家系だし何だかんだスゴイ奴だろ」と思っていたが、ここで「自分は何の変哲もない底辺だ」ということに気づく。

流石に「もう首を吊ろうかな…」とリアルに思ったし、ぶつけようのない怒りや悔しさが込み上げてきて、仕事を2〜3日休んで家で体育座りをする日が続いた。

2018年:転売で月50万以上を稼ぎ、念願の脱サラ

しかし、どこかで見た「失敗はそのままにしておけば失敗だけど、最後に成功すれば全てが布石になる」的な名言が、僕をもう一度奮い立たせた。

Yusuke
Yusuke
何度考えても、やっぱり会社を辞めたい

そこで、色々稼ぐ手法を調べていく中で転売ビジネスに辿り着いた。

「転売って何かグレーっぽいしダサいし嫌だな」と思っていたが、ここで自分の本業(商社)が転売ヤーであるという最大の盲点にようやく気づく。

そこからは狂ったように転売ビジネスにのめり込んでいった。

 

バイナリーでは独学で失敗したので今度は誰かに習おうと思い、

・千葉県在住
・元トラックドライバー
・転売だけで家族5人を養う

という人をネットで見つける。

確信を持った僕はその方の住む千葉県まで愛知県から会いに行き、直接指導をお願いすることで、人生初のメンターと出会うことになる。

 

実際にメンターの自宅で作業させて頂く機会もあり、死ぬ気でやり過ぎて作業中に寝落ちしたことも。

コンサルフィーは当時の給料3ヶ月分(60万)だったが、僕は秒で決意した。

転売自体が稼げることは本業で身に染みてわかっていたし、ここで結果を出せば地獄の会社員生活から抜け出せると思ったからだ。

結果的に、これが大正解だった。

 

本業もサボりにサボり、全てを懸けて副業にコミットすることで、副業の転売ビジネスだけで月に50万円を稼ぐことに成功した。

冷静に考えれば、今まで部活も勉強も誰かに習ってくるのが当たり前だったのに、ビジネスになった瞬間に1人で頑張ろうとしていたのは愚かの極みだった。

その半年後には年商5000万を超えるようなレベルまで成長させて、このタイミングで念願の脱サラを果たすことになる。

2019年:転売=労働収入という盲点に気づき地獄

しかし、僕の念願の脱サラLIFEも長くは続かなかった。

会社を辞めてすぐは出社もしなくていい環境に調子をこき、

Yusuke
Yusuke
フゥー!!!起業最高!!!

と言いながらハイボールをあけていたが、全く働かないので月収は10万円まで落ちてしまった。

それもそのはずで、僕は脱サラをしたはいいけれど、唯一の収入源である転売ビジネスは自分が動かないと稼げない「労働収益型」のビジネスモデルだったのだ。

その最大の盲点に会社を辞めてから気づき、僕は絶望した。

すぐに焦って必死で働かなければいけないと思うようになり、来る日も来る日も転売を続けた。

気分がのらない日も、体調が悪い日も、奥さんとデートをしている時も、転売のことで頭がイッパイだった。

 

そして、僕は「なんだこれ・・・起業家ぶってるけど会社員時代より労働条件の悪いガチゴリ転売ヤーじゃん。」と思うようになった。

 

スタバでMacを叩くキラキラ起業家LIFEに憧れて会社を辞めてみたものの、現実は真夏の深夜に空調のない部屋で、パンイチで商品の梱包をする姿だった。

仕入れもあるからお金も全然残らないし、クレームは来るし、そもそもやってて1mmも楽しくない。

そして何より、家族との時間も取れなかったので「これは一生続けるものではない」と確信した。

2020年:メンター、情報発信ビジネスとの出会い

そこから僕は、労働収益型の転売ビジネスを辞めようと決意し、次のビジネスを模索していた。

来る日も来る日もリサーチを繰り返した結果、暇な金持ちたちの「ある共通点」を知ることになる。

 

それが、「情報発信ビジネス」をしていることだった。

 

情報発信ビジネスとは、個人(企業)がインターネットを通じて情報を発信し、自分(自社)のことをユーザーに認知してもらい、そこから何かしらの商品を販売して収益化していくビジネスモデルのことである。

 

情報発信ビジネスの良いところは無限にあるが、特筆すべきは以下である。

・原価ゼロなので売上が全て利益
・仕組みを作れば完全自動化できる
・社員もいらない
・在庫リスクも赤字リスクもない
・一生使えるスキルが身につく
・一生モノの出会いがある

 

僕は「コレだ…!」と直感的に思い、ずっと発信を追っていた20代で数億を稼ぐのに暇なメンターに無理くり頼み込み、全てのスキルを教えてもらうことにした。

コンサルフィーは数百万単位だったが、即決だった。

 

これを極めれば一生お金と時間には困らないと確信があったし、転売ビジネスでも学んだように独学で進めるという選択肢はなかった。

学びにお金を払うということは、その人が今まで積み上げてきた知識をお金で買うようなイメージで、時間が買えることと同義だからである。

そして1年程で月に100万以上を完全自動で稼げるレベルまで成長し、本当の意味での自由を手に入れることに成功。

プチセミリタイヤ生活→ちゃんと病む

ここからは今まで夢見ていたセミリタイヤ生活に突入し、思いつく限りの自由っぽい生活を満喫していく。

 

平日から海鮮を食べるためだけに家族で北海道に飛んでみたり。

 

奥さんにヨギボー(人をダメにする高級クッション)を2つ一気にプレゼントしたり。今は娘の遊具になり下がっている

 

イタリア産の高級生地を使ったセットアップのスーツを3着まとめ買いして、厨二病全開で10万のスーツの裏地に「社長」と刺繍を入れたり。

 

他にも、学生時代の友人が経営するピラティススタジオに1回1万円払ってレッスンを受けてみたり。

 

経営者仲間とコテージに死ぬほど泊まってみたり。

 

あとは、毎日朝から銭湯に行って昼からハイボールを飲んだり、昼寝をして1日を終えてみたり。そんな生活を3ヶ月くらい続けていた。

 

しかし、多くのセミリタイヤ経験者が言うようにつまらな過ぎてちゃんと病み始めていくのである。

 

家族を除けば、コメダ珈琲の店員さんに対して「ありがとうございます」とだけ喋って終わる日はデフォルトだったし、コミュニケーションが減ると人は病むと気づく。

本当に「セミリタイヤはつまらないんだな」と思ったが、当時会社員で「一刻も早くこの地獄から抜け出したい」と感じていた僕がこの話を聞いたら普通に理解できないはずだ。

 

だから、あなたも実際に自分の目で確かめてみて欲しい。

 

「人生お金じゃない」という言葉でも、昔の僕のような貧乏人が負け惜しみで言うのと、実際にお金を稼いだ人が実体験をもとに言うのとでは違うからである。

僕も一生セミリタイヤできるレベルではなかったにしろ、月に100万円近い収入を自動で得られるようになり、プチセミリタイヤしてみての感想である。

 

そして、ニートなのか無職なのかわからないような生活をいた時に、奥さんの妊娠が発覚したのである。

このタイミングで、再び真面目に仕事をすることを決意。

 

娘が幼稚園くらいになった時に「パパのお仕事は?」と聞かれて「いつも家で寝ててヒモニートみたいだよ」なんて言わせられないので、流石の僕も動き出した感じだった。

 

そこから今に至り、忙しいのは無理なので平日のAMだけ働くというライフスタイルを確立し、完全自動で年収1億円を超える仕組みを構築中である。

他にも、情報発信ビジネスで培ったWebマーケティングスキルを駆使し、実業のお手伝いなどもしたりしている。

空いた時間では娘と遊んだり、サウナの為だけに他県までドライブしたり。

家で泥のように眠っていたセミリタイヤニート時代よりも、遥かに有意義な生活を送れていることに日々感謝である。

全てのキッカケは情報発信ビジネス

僕は今でこそ収入は日本の上位3%くらいになれましたし、労働時間に関しても無職レベルで暇ですが、元々は落ちこぼれ学歴ド底辺です。

でも、情報発信ビジネスがあったからここまでこれました。

 

何のスキルもないどころか、奥さんに真顔で「あなたはADHDだよ」と言われるレベルの僕を救ってくれた情報発信ビジネスには足を向けて眠れません。

そして今、自分自身がお金と時間にある程度の余裕ができたことで、少しだけですが周りのことも考えられるようになりました。

昔の自分のように「人生なんてクソだな」と思うような人が、1人でも減ってほしい。

そんな思いから生まれたのが、当ブログの理念でもある「幸せな金持ち」というものです。

 

幸せな金持ちというのは僕が作った造語ですが、簡単に言うとお金と時間に縛られない生活を手に入れ、本当の意味で自分らしい人生を送ること」のような感じです。

詳しくは後述します。

 

僕もここに来るまで、転売や投資、無在庫にアフィリエイト、色々なビジネスモデルに取り組んできたけど、どれも「幸せな金持ち」にはなれませんでした。

「金が稼げれば何でもええやん」と思うかもしれませんが、それに耐え切れなかったのが会社員時代ですし、僕は転売ビジネスで脱サラをしましたが、根本は何も変わっていないことに気づきました。

 

お金が稼げてもグレーな手法で心が死んでしまったり。

プラットフォームの規約変更にビクビクしたり。

どれだけ稼げても忙し過ぎてプライベートの時間が取れなかったり。

僕らはお金を稼ぐことが目的ではなく、稼いだ先でや欲しい物や得たい未来があるので、ただ稼げることだけに焦点を当てると限界が来ると言うことに気づいたのです。

 

だから、僕が思う「幸せな金持ちの定義」とは

①お金
②時間
③社会的意義

を全て満たしている状態であると考えています。

 

③の「社会的意義」は噛み砕いて言うと、「誰かの役に立っていると感じられること」みたいなイメージです。

今はキレイゴトと感じてもらって構いません。しかし自分が稼いでいけばいくほど、キレイゴトを本気で欲する時がきます。

僕が転売ビジネスだけをやっている時は、お金と少しの時間だけが得られて、社会的意義が全く得られなかったのです。だから病んでいきました。

Yusuke
Yusuke
将来、子供に胸を張って言えないビジネスはもうやめよう

情報発信ビジネスなら、お金も時間も社会的意義も全てを満たすことができました。

よく、どんな会社にも「企業理念」と呼ばれるキレイゴトのような目標がHPに描かれていますが、今ならその必要性がわかる気がします。

情報発信ビジネスを通して「近しい人だけ幸せにする」

そして今の僕は何をしているかと言うと、ある決意のもとに情報発信ビジネスを続けています。

 

それは、

「一人一人が近しい人さえ幸せにできれば、世界は幸せになる」

というものです。

「いきなり壮大すぎるビジョンでどうした?」と思うかもしれませんが、結構真面目に考えているので少しだけ耳を傾けてもらえると嬉しいです。

 

情報発信と一口に言っても色々ある訳で、僕がこうしてブログでメッセージを届けていることだけが情報発信ではありません。

家族や友人とのコミュニケーション1つとっても、全てが情報発信です。

 

情報発信が上手くなれば、

・ビジネスで成果を出して経済的、時間的に豊かになること
・余裕ができて思いやりが持てるようになり、人間関係が円滑になること

などが、極めて現実なことになります。

 

人の悩みは、

◎健康
◎夢
◎人間関係
◎お金

の4つに大別されると言われています。

 

これでいくと、情報発信ビジネスはお金も稼げて時間も手に入れられて、出会いもあれば人間関係も円滑になるしで、全ての悩みのうち4分の3(75%)を消せるわけです。

そうなれば残りの悩みは「健康」だけになります。

健康だけは生まれつきや不確定要素が多いので何とも言えませんが、使えるお金や時間が増えれば、かなり良い方向には向かうでしょう。

 

そして、悩みがなくなると人には余裕ができてきます。

 

そうすれば、世界を救うことはできなくても、家族や友人などの近しい人だけを幸せにすることくらいはできるようになるわけです。

事実として僕も年収1000万プレイヤーの会社員を25歳で辞めても、奥さんを専業主婦にできていますし、子供に充分な教育を受けさせることもできます。

個人1人ができることなんてたかが知れているかもしれませんが、それぞれが自分の近しい人さえ幸せにできれば、それがドンドン浸透していき、世界が幸せになれると本気で信じています。

その為にも、少しでも人生が豊かになる人が増えればと思い、僕はこうして情報発信ビジネスの存在をブログを通してあなたに伝えています。

 

よく、自分が幸せではないのに「誰かを幸せにしたい」と言う人もいますが、それはハッキリ言って難しいです。

もちろんその考えは素晴らしいことなのですが、幸せは「分け与えるもの」であり、自分の手元になければそもそも分け与えるという選択肢が存在しないからです。

 

当時会社員だった僕も、自分のことだけで精一杯だったので奥さんに幸せを分けることはできませんでしたし、何ならお金が無さすぎて八つ当たりをしまくっていました。

だから、他者を幸せにしたいのであれば、まずは自分が幸せになること。

そうする為に最適なのが、僕が取り組んでいる情報発信ビジネスです。

 

僕も今は、更に情報発信スキルを上げるべく、20代前半で2億弱を稼いだWebマーケッターを超えるべく、高みを目指しています。

30歳までには一生セミリタイアできるレベルの資産を構築できるでしょう。

 

そうすることでお金と時間の悩みを本当にゼロにした後は、自分が情報発信ビジネスで学んだことを活かして、色々な業種の役に立ちたいと思っています。

ぶっちゃけ、ネットを使った情報発信のスキルは今の時代に最も求められているスキルなので、下手な資格を取るよりも100倍いいです。

 

情報発信において大切にしていることはこんなイメージですが、最後に伝えたいことがあります。

 

昔の僕は、「この先の人生が見えすぎていること」が何よりも苦痛でした。

定年まで我慢して会社で働いて、もらえるかわからない年金で一喜一憂して、欲しいものを我慢して、そうして死んでいくルートが完全に見えていました。

 

終わりが見えている人生なんてつまらなさすぎる。そんなの自分の人生じゃない。他人の人生を生きているのと一緒だ。

本気で思っていました。

 

そう思い、自ら敷かれたレールを飛び降りました。

東大軍団を親戚に持つ優秀家系のバグとして生まれた僕でも、一度は貯金を全部なくすレベルの情弱だった僕でも、ここまで来ることができました。

 

そんな僕だからこそ言えることだと思うので伝えますが、絶対に「人生ってこんなもんだよな」と諦めることだけはしないでください。

自分の感情にフタをすることだけは絶対にやめてください。

 

「︎〜〜したい」、「〜〜が欲しい」、「こうなりたい」、などなど、そうした感情こそが僕ら人間の、最も人間らしい部分だからです。

あなたの人生は、他でもないあなた自身の所有物です。

 

その為にも、世間や常識といった目に見えない何かに縛られて、後悔の残る人生を歩むことだけはやめてほしいのです。

 

ぜひ、胸を張って人生を楽しいと言えるようになって、一緒に乾杯できるといいですね!

 

以上が、僕がゼロから1年で年商5000万を稼ぐまでの軌跡と、その過程で辿り着いた幸せな金持ちの定義になります。

ありがとうございました!

Yusuke.

一般公開のブログでは、決してお話しできない裏話があります。

僕は24歳で転売ビジネスを始めて、開始1年で年商5000万を稼ぎました。

しかし、忙し過ぎたので全てを放棄し、そこからは情報発信ビジネスに路線変更して月100万円以上を完全自動で稼げるようになりました。

去年まではセミリタイヤしていて、毎日昼に起きて酒を飲んで寝る。そんな生活を続けていました。

 

・・・が、しかし、

奥さんの妊娠をキッカケに「流石に生まれくる子供にこんなニートみたいな姿は見せられない」と思い、再びビジネスの再開を決意します。

と言っても、元々は忙し過ぎて年商5000万の転売ビジネスを放棄した人間だったので、ビジネスを再開するとしても忙しいのは絶対に嫌でした。

 

なので、今は「平日のAMだけ働く」というスタイルを確立して家族を養っています。

 

何だかんだ仕事を再開したら面白くなってきているので、今は「完全自動で年収1億円」の仕組みを構築中です。

30歳までに家族が一生セミリタイヤできるレベルの資産を構築して、その後はずっとやりたかった保護犬を守る活動とか、好きなビジネスをしながらのんびり生きていこうと思います。

 

が、こんなことを聞いても信じられないかもしれません。

もし信じられたとしても、「あなただからできたんでしょ」と思うかもしれません。

今はまだそれで大丈夫です。

 

でも、僕は幼少期から家族にバグと呼ばれて育ってきましたし、親のお金で進学したFラン大学でもちゃんと酒とタバコに溺れました。

おまけに就職した会社の入社試験は3点です。もちろん100点満点のテストです。

正直書いていて悲しくなるレベルですが、こんな僕でもできるのですから、安心してもらえたらなと思います。

 

もしもあなたがゼロから情報発信ビジネスを始めて、時間にもお金に縛られない生活を手に入れたいと少しでも思うのであれば、かなり力になれる自信があります。

最初から才能に恵まれた天才が語るような夢物語ではなく、本当にゴミクズ学歴底辺がゼロから這い上がってきたリアルを、お見せすることができます。

 

その情報は、全て電子書籍に詰め込みました。

 

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