ゼロから1年で年商5000万を稼いだ軌跡と情報発信の理念をまとめてみた

こんにちは、原田と申します。

このページでは、僕がゼロから1年で年商5000万を稼ぐまでの軌跡と、情報発信における理念をまとめました。

最初に軽く僕のことを説明させて頂くと、

・バイナリーオプションで一発逆転を試みるも、貯金150万円を全て溶かし無事死亡
・転売だけで子供3人を養う元トラック運転手のメンターに出会う
・睡眠時間3時間という地獄の生活を半年間続け、転売で副業月収50万円を超える
・年収1000万の大企業勤めという人生勝ち組コースを25歳で放棄
・脱サラして毎日銭湯に行って自由を謳歌するも、周りが老人ばかりでつまらなすぎて絶望
・転売で年商5000万を超えるも、父親になったことで転売をしている自分がダサく見えてきて病む
・情報発信ビジネスだけで月100万円を超え、お金と時間の悩みから解放される
・情報発信ビジネスに世界平和の可能性を感じ、一生かけて取り組むと誓う

という感じです。

PC1台で月に100万円を稼ぐことが普通にできるようにはなりましたが、ここまで順風満帆にきたわけではありません。

幼少期〜学生時代:人の言うことが聞ける真面目時代

1993年に静岡県で生まれ育ち、大学進学を機にお隣の愛知県に移り住みます。

家が貧乏とかコミュ障とか、ネットビジネス界隈にありがちな初期設定は1つも持ち合わせておらず、非常にノーマルな人生を送ってきました。

両親からは大きな愛を受けて育ちましたし、その甲斐もあってか、大人の言うことを真面目に聞く「THE・日本人」というような子供でした。

大学でもカンニングをしている友人は本当に終わってるなと思っていましたし、真面目に生きれば絶対に報われると信じていました。

2016年:社会の歯車感に絶望する社会人1年目

たまたま入った会社は就活生の間でも大人気の「商社」で、両親や恋人も「いい会社に入った、将来安泰だね。」と最高に褒めてくれました。

確かに新卒で年収は500万でしたし、30代中盤で年収1000万超えも確約されるような会社でした。おまけに人間関係も悪くありませんでした。

しかしネックだったのが、単純に労働環境がキツかったことです。

8時始業で深夜に退勤する人も普通にいるし、クライアントや上司に毎日詰められるし、そもそも仕事内容に1mmも興味もないという事実もありました。

精神を病んで辞めていく同期も何人もいました。

幸い僕はそこまでではなかったのですが、外回り中に営業車の中で空を見上げて5時間サボるくらいまでは追い込まれていました。

「俺は何をしているんだろう・・・」

「このまま馬車馬のように働いて死んでいくのかな・・・」

今思い返すと、普通に病んでいた気がしてきました。笑

2017年:バイナリーオプションで人生初の挫折

今まで真面目に頑張れば報われると信じてきましたが、どうやら僕は「報われる」の基準が人より少しだけ高かったみたいです。

ワガママとよく言われます。

ちなみに僕の言う「報われる」とは、「お金」と「時間」の両方が充分にある状態をイメージしていました。

具体的に言うと、

・年収1500万
・週休3日
・毎日定時退社

くらいでした。

冷静に考えればこんな会社はどこにもないことはわかりますが。笑

僕は純粋(世間知らず)だったので、ちゃんと真面目に大人の言うことを聞いておけば、上記のような未来が手に入ると本気で思ってたんですよね。

お金だけあっても遊べなきゃ意味ないし、時間だけあっても大学生時代のように暇を持て余して終わる。だから両方が必要でした。

当時の上司に相談をしてみると、「この会社じゃムリだぞ」と冷静なアドバイスを頂けたので、もう僕の頭には脱サラしかありませんでした。

両親や奥さん、友人たちは口を揃えて「今の会社は辞めない方がいい」と心配してくれましたが、僕はどれだけ説得されても揺らぎませんでした。

だって僕の人生だから。

とは言っても生きていくにはお金が必要なわけで、僕は「ハイハイお金が稼げればいいんでしょ」と思い、バイナリーオプションで一発逆転を試みました。

※バイナリーオプション=為替を利用した投資系の手法、FXのようなもの

結果は、結婚式の費用として貯めていた150万円を全て溶かし、無事死亡。

これが、今まで真面目に生きてきた僕の初めての「挫折」でした。

2018年:転売で月50万以上を稼ぎ、念願の脱サラ

バイナリーでの挫折を味わってからは牙を抜かれた感じでダラダラ働いていましたが、数ヶ月もすると、脱サラへの意思を取り戻し始めます。

そこで、色々稼ぐ手法を調べていく中で、転売に辿り着きます。

「転売自体は稼げるんだろうなー」とは思っていたのですが、コツコツ稼ぐイメージだし、なんかダサいなと思って敬遠をしていたんですよね。

しかし、当時の僕はそんなことを言っている余裕もなく、一刻も早くこの地獄の社会人生活から抜け出したいと思っていたので、取り組むことにしました。

バイナリーでは独学で失敗したので今度は誰かに習おうと思い、

・千葉県在住
・元トラックドライバー
・転売だけで家族5人を養う

という人をネットで見つけました。

確信を持った僕はその方の住む千葉県まで愛知県から会いに行き、直接指導をお願いすることで、人生初のメンターと出会います。

ここでしっかりと習って、絶対に脱サラすることを決意しました。

ここでダメだったら一生馬車馬のように働こうと思っていたので、可能な限り副業に時間を充てて、死ぬ気で作業をしました。

睡眠時間を3時間に減らして、新婚ホヤホヤだった奥さんとの時間も削り、本業もサボりにサボり、全てを懸けて副業にコミットしました。

その甲斐もあってか、副業だけで月に50万円を稼ぐことに成功します。

その半年後には年商で5000万を超えるようなレベルまで転売をしました。ここまでくると副業か怪しくなってきますが。

2019年:晴れて自由の身になるも、人生はそんなに甘くないことに気づく

本業だけで年収は500万あったので、副業と併せると合計年収は1000万を超えていました。

当時24歳。僕はしっかりと調子に乗りました。

奥さんにヨギボー(人をダメにする高級クッション)を2つ一気にプレゼントしたり、イタリア産の高級生地を使ったセットアップのスーツを3着まとめ買いしたり、とりあえず低いIQで思いつく限りの散財をしました。

あとは仕事面でも、それまで上司やクライアントに毎日怒られて疲弊していましたが、「俺より年収低いくせに何言ってんだ」と思っていましたので、本当に嫌な新人だったと思います。

しかし、一通り調子に乗って気づいたのですが、年収1000万を超えてイキっていただけで、自分の人生はそこまで変わっていないことに気づいていました。

元々の目的は脱サラをして、お金にも時間にも縛られない生活を手に入れることでした。

それが全く実現できていないことに半年ほどかかって気づき、ようやく脱サラに向けて動き始めます。

正直、

・会社員として福利厚生に守られる
・日本人の上位4%となる年収1000万でプチ贅沢三昧
・合コンでは無双できる商社マンという職業

という状態を抜け出すことは怖かったです。

この安定し始めた状態を壊して、社会的な地位を放棄してまで、冒険をする必要があるのだろうか?

そうビビり散らかしていましたが、辞めました。

2020年:子供が生まれたことで転売をする自分がダサく見えてきて病む

そして実際に脱サラをしてからは、転売だけで月に100万円以上を稼げるようにもなりましたが、転機が訪れます。

子供が生まれたんですよね。最愛の娘です。

そして僕は急に父親ヅラをし始め、今の「転売をしている父親」という状態がひどくダサく思えてきたんですよね。

もちろんマスクや医療用品、PSPなどを売るような巷で悪とされる転売ではなかったですし、何なら会社からちゃんと仕入れたりもしていたので、別に恥を感じるようなことはなかったと思います。

何なら転売に人生を変えてもらった立場ですし。しかし、自分の中でどうにも腑に落ちない。

幼稚園で娘が「パパのお仕事は?」と聞かれて「転売してるよ♪」なんて絶対に言わせたくなかったのです。

だから、僕は月に100万稼げる転売を辞めることにしました。

2021年(今):一生物の情報発信ビジネスとの出会い

そして今、僕は何をしているかと言うと、幸せなことに一生をかけて取り組むべきビジネスと出会っています。

それは「情報発信ビジネス」です。

情報発信ビジネスとは、いわゆるYoutuber(ユーチューバー)みたいなイメージで、僕らはYoutubeに投稿する代わりに、こうしてブログ記事などを投稿します。

ネット上で自分を発信して、ファンになってもらう、という流れは全く一緒です。

情報発信ビジネスの魅力をまとめておくと、

・情報が商品になるので原価がかからない
・ネット上で仕組み化ができるので時間も手に入る
・自分と気の合う仲間が見つかる
・情報発信ビジネススキル=企業や時代が求めているスキル

という、お金も時間も稼げて、尚且つ自分と価値観の似通った仲間との出会いもあるわけです。

僕は転売を引退してから、情報発信ビジネスでも月に100万以上は稼げるようになったわけですが、同じ金額を稼ぐにしても自由度が全く違います。

転売は必ず毎月仕入れが必要ですし、梱包や発送も自分でやらなければいけません。

労働集約型のビジネスモデルだったので、稼げていたとしても、全く自由ではなかったのです。会社勤めの頃とあまり変わらない感じですね。

対して情報発信ビジネスは、一度仕組みを作ってしまえば後は放ったらかしで収益が生まれるわけで、お金も時間も欲しかった僕としては理想of理想でした。

更に、情報発信ビジネスを通しての「出会い」は控えめに言って最高です。

自分のメルマガ読者さんと飲みに行ったりすることもあるのですが、僕の発信に共感してくれている人なので、それはつまり価値観が近いということなんですよね。

だから、人見知りの僕でも、会ったその日に地元の幼馴染レベルまで仲良くなれたりもするんですよね。

お金も時間も稼げて出会いもある。

これだけでも最高のビジネスモデルにも関わらず、もう1つ利点があります。

それは「情報発信のスキルは時代や企業に求めらている」ということ。

情報発信ビジネスでお金を稼いでいくには、「ネットを通してモノを売るスキル」を身につけていく必要があるわけですが、そのスキルはこのIT時代にあらゆる人や企業から求められるスキルなわけです。

事実として僕の友人が経営しているサロンや鍼灸院、ピラティススタジオなども「ネットに参入したいけど、何をしていいかわからない」と言っていました。

そこに僕がスキルを提供すれば「お金ももらえて感謝もされる」という、何とも弱点のないビジネスモデルです。

情報発信の理念:自分と、近しい人を幸せにする

僕は今までお金と時間の為だけに働いてきた人間ですが、子供も産まれてカッコいい父親になる為には、こうして社会の役に立つ仕事もしていかなければなと感じています。

当時会社員で病んでいた僕が聞けばキレイゴトに感じるかもしれませんが、お金と時間を手に入れたら、欲望のステージを上げていくことで人生も充実していきます。

僕が25歳で脱サラをした時、多くの人は止めましたが、後でその本音を聞いたら「自分に素直になれるのが羨ましい」と言っていました。

今の大人は我慢が当たり前になり過ぎていますよね。

やりたいことや叶えたい夢があるはずなのに、

・これが大人だからな
・常識でしょ

と言い、自分を騙し、自分で自分の未来を閉ざしていきます。

その姿を見るせいで子供たちは「大人=つまらない・辛そう・苦しそう」というイメージを自然と持ってしまいます。

事実として僕も数年前まではそんな感覚でした。

しかし、今の時代は違います。

インターネットを使えば、僕ら個人は「経済的・時間的」にも満たされることができるのです。

その過程で自分の欲求にも合法な範囲で素直になることで、まずは自分の人生を幸せに生きることができるはずです。

そして、自分がしっかりと満たされたら、その幸せを自分の近しい人にも分けていければ最高です。

具体的には恋人や家族ですね。

僕1人の力で世界中の人を助けられる訳もないので、全員が全員、自分と近しい人の幸せだけでも願うことができれば、世界はもっと良い方に向かうはずです。

僕は、そんなことを考えて情報発信をしています。

もちろん最初はお金の為でした。稼ぎたい。自由になりたい。でも、今は本気で個人が豊かになる延長で、もっと多くの人が幸せになることを考えています。

キレイゴトやワガママも実現してしまえばいいだけです。

ぜひ、あなたもインターネットを通じて自分を満たしてあげることから始めていきましょう。

そして、「大人は最高に楽しいんだぞ」と自分の背中で見せていくことによって、未来を生きる子供たちにも希望を与えていきましょう。

以上が、僕がゼロから1年で年商5000万を稼ぐまでの軌跡と、情報発信の理念になります。

今後もチェック宜しくお願いします!