ゼロから1年で年商5000万を稼いでわかった「幸せな金持ち」の定義とは?

こんにちは、Yusukeと申します。

このページでは、僕が「ゼロから1年で年商5000万を稼ぐまでの軌跡」と、その過程で辿り着いた「幸せな金持ちの定義」についてまとめました。

最初に、30秒くらいで僕のことがわかるように説明させて頂くと以下のような感じです。

■社会人2ヶ月目で脱サラを決意するも、バイナリーオプションで貯金150万円を全て溶かし無事死亡

■転売ビジネスだけで家族3人を10年以上養い続ける元トラック運転手のメンター(強面)に出会う

■睡眠時間3時間の生活を続けて死ぬ気で転売ビジネスに取り組み、半年で副業月収50万円、年商5000万を超える

■25歳で年収1000万という人生勝ち組コースに乗るが、そもそも会社に縛られている状態が嫌過ぎて全てを投げ出し脱サラ

■プチセミリタイア生活に突入するも、ちゃんと病む

■子供が生まれることが発覚し、流石にニートのようなパパの背中は見せられないと思い、ビジネスの再開を決意

■しかし今更、自分が動かないと稼げない&つまらないビジネスはやれない病気にかかってしまい、転売ビジネスは全くできなくなる

■一度仕組みを作ってしまえば自動で稼げる「情報発信ビジネス」に出会い、人生をかけて取り組むと誓う

■情報発信ビジネスで月収100万円以上を稼げるようになり、幸せな金持ちの定義を満たす働き方を手に入れる

■20代前半で2億弱を稼いだWebマーケッターと出会い、情報発信ビジネスを極めて世界を幸せにする為に活動をする

という感じです。

今ではほぼ働かずに月に100万円以上を稼ぐことができるようにはなりましたが、ここまで順風満帆にきたわけではありません。

むしろ、遠回りどころか死にかけながらここまできたので、ぜひその全てをご覧ください。

幼少期:超優秀家系の「バグ」として育つ

1993年に男三人兄弟の末っ子として生まれ、静岡県静岡市で生まれ育つ。

キリスト教の幼稚園に通い、週2回はチャペル(教会のような施設)で礼拝をするという幼少期を送っていた。

僕は家が貧乏とか、コミュ障とか、ネットビジネス界隈にありがちな初期設定は1つも持ち合わせていない。

むしろ父親は年収1200万のエリートサラリーマンだったし、親戚は5人兄弟のうち4人が東大だったり、上場企業の会長だったり、一般家庭の中ではかなり恵まれた家系だった。

兄も学生時代から生徒会長をやるような人間で、スポーツ万能、頭脳明晰。今は医療機関で国家公務員として働くようなガチガチのエリート。

しかし、そんな中で僕だけが典型的な落ちこぼれとして育っていく。

学習塾やスポーツ教室などの習い事は少なく見積もっても10回以上辞めているし、中学校代は深夜徘徊で補導されてしまったり、家族からは「バグ」と呼ばれてここまで生きてきた。

高校時代:先輩にパシられまくり社会の厳しさを知る

真面目で優秀な兄たちは県内トップレベルの公立校に行くも、僕はしっかり受験に失敗して滑り止めの私立高校に通うことに。

しかし、たまたま入ったバレーボール部が県ベスト4常連という強豪で、当時身長160cmのチビガリだった僕は、190cm以上もある大男(先輩)たちに目をつけられてパシられまくる毎日だった。

当時、僕らの世代で流行っていた「MATCH(マッチ)」という炭酸飲料を、部室から一番遠い自販機まで行って時間内に買って来れなければボコボコにされるというシステム。

時間を過ぎてしまうと握力70kg以上もある怪物に本気で殴られるので、毎日死ぬ気でパシられていた。

おかげで50m走は6秒ジャストまで記録が爆上がり。リアルアイシールド21。

遠征合宿でマリオパーティというゲームを夜通しやらされたり、顔にサラミを延々と塗り続けられたり、今思えば笑い話だが本当に地獄の高校時代だった。

2012年:クズ大学生の模範となる生活を送る

両親のお金で遊べる最後の夢の時間を楽しみに、愛知県にあるFラン大学に進学。

「地元を離れてデッケー男になる」と周囲に豪語して県外に出るも、ひどいホームシックに悩まされて半年間くらいは月イチペースで帰省をするというオチ。

しかし、次第に大学でも友達ができてきてホームシックもなくなると、持ち前のろくでなさを遺憾なく発揮し、クズ大学生の模範的なライフスタイルを確立

酒・タバコに溺れて授業をサボる。バイトだけはちゃんと行く。全国の大学生の9.9割がこの生活リズムと言われている。

図書館の会議室を貸し切って「どうすれば社会人の歳上お姉さんのヒモになれるか?」を本気で講義してくれる友人がいたり、大学に来てタバコだけ吸って帰る友人は数え切れない程いた。

この大学生活で得たことは、

・コンビニ弁当の廃棄のもらい方
・裏インターネットカジノで一晩で300万溶かす方法
・イッキの仕方とゲ○の吐き方

くらいのもので、年間120万という学費を親に払ってもらっているとは思えない程のしょうもなさである。

そんなこんなで大学生活も終わり、ついに地獄の就職活動が始まることになる。

Yusuke
Yusuke
人生の最大目標は「モテること」である

と強い信念を持っていた僕は、「大企業、特に商社マンはモテるらしい」という先輩からの情報だけを頼りに就活に取り組んだ。

今までロクに勉強もしてこなかった人間が、企業の面接になった瞬間に「大学ではチームで動くことの重要性を感じまして〜」と嘘に嘘を塗り固めて語り始める。

面接官もアホではないので、この手の大学生は死ぬほど見てきていると言わんばかりに、ことごとく落とされていく。

2016年:社会の歯車感に絶望する社会人1年目

奇跡的に一社だけ受かった「商社」に、何も考えずに入社した。

ちなみに、商社が何をする会社なのか理解できたのは入社して3ヶ月が経った頃だった。知らない人の為に言っておくと、ただの転売ヤーである。

たまたま僕が入った会社は地元でも有名な企業で、両親や恋人も「いい会社に入った。将来安泰だね。」と最高に褒めてくれた。

確かに新卒で年収は500万だったし、30代中盤で年収1000万超えも確約されるような会社だった。

しかし、労働環境が圧倒的にブラック

8時始業で深夜に退勤する人も普通にいるし、クライアントや上司に毎日詰められて10円ハゲができる先輩はいるし、そもそも仕事内容に1mmも興味もない。

入社3ヶ月で先輩にガン詰めされて心が病んで退職する同期を見て、「ここはダメかもしれない」とうっすら気づき始める。

おまけに僕が配属された部署は名古屋から車で1時間以上かかる僻地で、事務所の真上にある独身寮に入居することになる。出勤時間はエレベーターで20秒。

そこに配属された同期は5人いて、毎晩誰かの部屋に集まっては酒を飲み交わし、「こんなクソみたいな会社は絶対に辞めてやる」と息巻いていた。

※ちなみにこの5人の同期は本当に全員辞めた。

「年収500万もらえればいいじゃん」と色々な人に言われたが、それを補っても余りあるブラックさだった。

大企業であるが故の「誰がやっても変わらない仕事」を淡々とこなす毎日。否めない社会の歯車感。

この時の楽しみは華金だけで、

月曜:死んだ目でゾンビのように働く
火曜:死んだ目でゾンビのように働く
水曜:死んだ目でゾンビのように働く
木曜:翌日が金曜なので少し元気になるが、死んだ目は変わらない
金曜:午後あたりから陽気になり、夜の街に繰り出して無双する
土曜:昼くらいから来週の仕事を考えてしまい鬱になる
日曜:完全に鬱、サザエさんは正気で見れない

1週間の進み方はこんな感じで、金曜日の夜〜土曜の昼までだけを楽しみに頑張る無限ループだった。

つまり1週間(7日間)のうち1日くらいしか楽しみがないわけで、人生の中で楽しいのは生きている時間の7分の1だけだった。

さすがにこれから先の40年以上を考えた時に、僕の中にその生活を受け入れるという選択肢はなかった。

どれだけお金がもらえようが、こんな人間としての営みすら許されないような会社なら、こっちから願い下げだと思ったのである。

2017年:バイナリーオプションで人生初の挫折

しかし、この地獄から抜け出すには、何かしらの手段でお金を莫大に稼がなければいけなっかった。

そう考えている時に、インスタで「タワマン最高!ウブロ最高!ベンツ最高!グヘヘ」みたいな投稿をしている同世代くらいの若者たちを見つけ、連絡を取る。

どうやら、話を聞くと「バイナリーオプション」というもので稼いでいるようだった。

大学時代によく見ていたウェイウェイ系男子だったので、

Yusuke
Yusuke
こんな人たちで稼げるなら僕でも余裕だな

と思い、取り組んだ。

バイナリーオプションとは、為替を利用した投資系の手法でFXのようなものである。

為替が1分後に上がるか下がるかを当てるゲームで、1分で18万円稼げる時もあれば、1分で20万円を失ったりするような死のゲーム。

インスタで知り合った人から50万円程で自動売買のツールを購入し、本気で人生を変えるつもりで取り組んだ。

結果的に、当時付き合っていた彼女との結婚式費用で貯めていた150万円を全て溶かすことになる。

しっかり詐欺だったのだ。

後からわかったことだが、ウブロもシャンパンも札束も全部偽物だった。完全に情報弱者として狩られたのである。

この文章を書いていたら当時を思い出して少しお腹が痛くなってきたので、この辺りでやめておこうと思う。

今まで優秀な家系のバグとして生きてはきたけれど、これほどの失敗は経験したことがなかったので普通に泣きそうになった。

今まで心のどこかで「自分はエリート家系だし何だかんだスゴイ奴だろ」と思っていたが、ここで「自分は何の変哲もない底辺だ」ということに気づく。

流石に「もう首を吊ろうかな…」とリアルに思ったし、ぶつけようのない怒りや悔しさが込み上げてきて、仕事を2〜3日休んで家で体育座りをする日が続いた。

2018年:転売で月50万以上を稼ぎ、念願の脱サラ

しかし、どこかで見た「失敗はそのままにしておけば失敗だけど、最後に成功すれば全てが布石になる」的な名言が、僕をもう一度奮い立たせた。

Yusuke
Yusuke
何度考えても、やっぱり会社を辞めたい

そこで、色々稼ぐ手法を調べていく中で転売ビジネスに辿り着いた。

「転売って何かグレーっぽいしダサいし嫌だな」と思っていたが、ここで自分の本業(商社)が転売ヤーであるという最大の盲点にようやく気づく。

そこからは狂ったように転売ビジネスにのめり込んでいった。

バイナリーでは独学で失敗したので今度は誰かに習おうと思い、

・千葉県在住
・元トラックドライバー
・転売だけで家族5人を養う

という人をネットで見つける。

確信を持った僕はその方の住む千葉県まで愛知県から会いに行き、直接指導をお願いすることで、人生初のメンターと出会うことになる。

実際にメンターの自宅で作業させて頂く機会もあり、死ぬ気でやり過ぎて作業中に寝落ちしたことも。

コンサルフィーは当時の給料3ヶ月分(60万)だったが、僕は秒で決意した。

転売自体が稼げることは本業で身に染みてわかっていたし、ここで結果を出せば地獄の会社員生活から抜け出せると思ったからだ。

結果的に、これが大正解だった。

本業もサボりにサボり、全てを懸けて副業にコミットすることで、副業の転売ビジネスだけで月に50万円を稼ぐことに成功した。

冷静に考えれば、今まで部活も勉強も誰かに習ってくるのが当たり前だったのに、ビジネスになった瞬間に1人で頑張ろうとしていたのは愚かの極みだった。

その半年後には、外注化なども進めて年商5000万を超えるようなレベルまで成長させて、このタイミングで念願の脱サラを果たすことになる。

2019年:プチセミリタイヤ生活→ちゃんと病む

ここからは今まで夢見ていたセミリタイア生活に突入し、思いつく限りの散財をしていく。

奥さんにヨギボー(人をダメにする高級クッション)を2つ一気にプレゼントしたり。今は娘(0歳)の遊具になり下がっている

イタリア産の高級生地を使ったセットアップのスーツを3着まとめ買いしたり。

厨二病全開で10万のスーツの裏地に「社長」と刺繍を入れる。この時、僕に「いずれ社長になるのですから」と言ってきたセレクトショップの店員は今でもどうかと思っているが、そんな僕も今年社長になる。

他にも、学生時代の友人が経営するピラティススタジオに1回1万円払ってレッスンを受けてみたり。

あとは、毎日朝から銭湯に行って昼からハイボールを飲んだり、昼寝をして1日を終えてみたり。そんな生活を3ヶ月くらい続けていた。

しかし、多くのセミリタイヤ経験者が言うようにつまらな過ぎてちゃんと病み始めていくのである。

コメダ珈琲の店員さんに対して「ありがとうございます」とだけ喋って終わる日はデフォルトだったし、コミュニケーションが減ると人は病むと気づく。

本当に「セミリタイヤはつまらないんだな」と思ったが、当時会社員で「一刻も早くこの地獄から抜け出したい」と感じていた僕がこの話を聞いたら普通に理解できないはずだ。

だから、あなたも実際に自分の目で確かめてみて欲しい。

「人生お金じゃない」という言葉でも、貧乏な人が負け惜しみで言うのと、実際にお金を稼いだ人が実体験をもとに言うのとでは違うからである。

僕も一生セミリタイヤできるレベルではなかったにしろ、転売で月に100万円近い収入を半自動で得られるようになり、プチセミリタイヤしてみての感想である。

そして、ニートのようにダラダラ過ごしていた時に、奥さんの妊娠が発覚したのである。

このタイミングで、再び真面目に仕事をする決意をします。

娘が幼稚園くらいになった時に「パパのお仕事は?」と聞かれて「いつも家で寝てるよ」なんて言わせられないので、流石の僕も動き出した感じです。

2020年:情報発信ビジネスとの出会い

しかし動き出そうと決意はしたものの、これまでやってきた転売ビジネスはやる気が全く起きなかった。

なぜなら、転売ビジネスは誰でも稼げるものの、

Yusuke
Yusuke
利益率は低いし、忙しいし、何よりつまらん

という三三七拍子セットだったからである。

やれば稼げるとわかってはいるものの、規模を膨らませれば膨らませるほど、自分の責任が増えていくうえに、つまらないのでやる気が全く起きなかった。

どうせだったら僕は一生セミリタイヤできるくらいの収入を稼ぎたいと思ったし仕事は楽しみたいし、仕事は真面目にやるけど結果的に忙しくなるのは本当に嫌だった。

そう考えていた時に、「情報発信ビジネス」の存在を知ることになる。

情報発信ビジネスとは、「情報を売るビジネスモデル」のことで、例えば書店に並んでいる「本」などをイメージしてもらえるとわかりやすい。

本は実際に物として存在しますが、それをネット上でやると本当に情報(データ)だけが売れるという仕組みである。

情報発信ビジネスの良いところは無限にあるが、特筆すべきは以下である。

・原価ゼロなので売上が全て利益
・仕組みを作れば自動化できる
・一生モノの出会いがある

僕は「コレだ…!」と直感的に思い、情報発信だけで月に1000万を稼ぐメンターを見つけ、200万を払って全てのスキルを教えてもらうことに。

ここでも転売ビジネスで学んだように、独学で進めるという選択肢はなかった。

学びにお金を払うということは、その人が今まで積み上げてきた知識をお金で買うようなイメージで、時間が買えることと同義だからである。

そして1年程で月に100万以上は稼げるレベルまで成長し、自動化もし、本当の意味での自由を手に入れることに成功。

具体的にどんなことをしたかと言うと、今まで転売ビジネスで稼いできたノウハウや考え方をまとめた教材を売ってみたり、実際に直接指導をしてみたり、という感じである。

情報発信ビジネスは転売とは異なり、一度仕組みを構築してしまえば自分が全く動かなくても収益が発生し続けてくれるので、その浮いた時間で平日から北海道で乾杯してみたり。

そして何より、情報発信ビジネスには「出会い」があります。

正直インターネットビジネス自体は、PCの前で1人でカタカタとニートっぽい生活を続ければ稼げてしまうわけですが、それだけでは普通に病んでしまう。

だから、出会いの存在は本当に大きい。

実際に僕が指導をして、稼げるようになって脱サラをした人とは今でも飲み友達だし、他にも経営者同士で集まったりできる仲間もいる。

みんな自由なので、3日前に予定を決めて江ノ島に行ったり。

何より、情報発信を通して出会う仲間というのは、誰もが「現状を変えてやる」という前向きな気概を持った人たちなので、仲良くなるのは本当に一瞬である。

根底にある価値観が本当に似ていて、「こんなに気の合う仲間が今までどこにいたんだ?」と思うくらいの速度で関係性が構築されていく。

ネット上で出会い、リアルな関係に発展していくので、言ってしまえば出会系サイトやマッチングアプリと仕組みは変わらないが、これだけネットが発達した時代に利用しないのは勿体無さ過ぎる。

今まで転売ビジネスしかしてこなかった僕の中では、「ビジネス=金は稼げるけどつまらないもの」と認識をしていたが、全くそんなことはなかった。

過去の自分と同じように困っている人に、価値を提示して、一生モノの関係を構築していく。

それこそが情報発信ビジネスの醍醐味である。

関わる全員がお金も稼げて幸せになる。僕は一生をかけて、この情報発信ビジネスをしていくことを誓った。

キレイゴトと「幸せな金持ちの定義」

ここに来るまで、転売や投資、無在庫にアフィリエイト、色々なビジネスモデルに取り組んできたけど、どれも「幸せな金持ち」にはなれませんでした。

「金が稼げれば何でもええやん」と思うかもしれませんが、それに耐え切れなかったのが会社員時代ですし、僕は転売ビジネスで脱サラをしましたが、根本は何も変わっていないことに気づきました。

お金が稼げてもグレーな手法で心が死んでしまったり。

プラットフォームの規約変更にビクビクしたり。

どれだけ稼げても忙し過ぎてプライベートの時間が取れなかったり。

僕らはお金を稼ぐことが目的ではなく、稼いだ先でや欲しい物や得たい未来があるので、ただ稼げることだけに焦点を当てると限界が来ると言うことに気づいたのです。

だから、僕が思う「幸せな金持ちの定義」とは

①お金
②時間
③社会的意義

を全て満たしている状態であると考えています。

③の「社会的意義」は噛み砕いて言うと、「誰かの役に立っていると感じられること」みたいなイメージです。

Yusuke
Yusuke
将来、子供に胸を張って言えないビジネスはもうやめよう

今はキレイゴトと感じてもらって構いません。しかし自分が稼いでいけばいくほど、キレイゴトを本気で欲する時がきます。

僕が転売ビジネスだけをやっている時は、お金と少しの時間だけが得られて、社会的意義が全く得られなかったのです。だから病んでいきました。

情報発信ビジネスでなら、この3点全てが満たされました。

よく、どんな会社にも「企業理念」と呼ばれるキレイゴトのような目標がHPに描かれていますが、今ならその必要性がわかる気がします。

情報発信ビジネスの理念「近しい人だけ幸せにする」

そして今、2021年の僕は何をしているかと言うと、ある理念のもとに情報発信ビジネスを続けています。

それは、

「一人一人が近しい人さえ幸せにできれば、世界は幸せになる」

という理念です。

「いきなり壮大すぎるビジョンでどうした?」と思うかもしれないが、結構真面目に考えている理念なので、少しだけ耳を傾けてもらえると嬉しいです。

情報発信と一口に言っても色々ある訳で、僕がこうしてブログでメッセージを届けていることだけが情報発信ではありません。

家族や友人とのコミュニケーション1つとっても、全てが情報発信です。

情報発信が上手くなれば、

・ビジネスで成果を出して経済的、時間的に豊かになること
・余裕ができて思いやりが持てるようになり、人間関係が円滑になること

などが、極めて現実なことになります。

人の悩みは「健康、夢、人間関係、お金」の4つに大別されると言われています。

これでいくと、情報発信ビジネスはお金も稼げて時間も手に入れられて、出会いもあれば人間関係も円滑になるしで、全ての悩みのうち4分の3(75%)を消せるわけです。

そうなれば残りの悩みは「健康」だけになります。

健康だけは生まれつきや不確定要素が多いので何とも言えませんが、使えるお金や時間が増えれば、かなり良い方向には向かうでしょう。

そして、悩みがなくなると人には余裕ができてきます。

そうすれば、世界を救うことはできなくても、家族や友人などの近しい人だけを幸せにすることくらいはできるようになるわけです。

事実として僕も年収1000万プレイヤーの会社員を25歳で辞めても、奥さんを専業主婦にできていますし、子供に充分な教育を受けさせることもできます。

個人1人ができることなんてたかが知れているかもしれませんが、それぞれが自分の近しい人さえ幸せにできれば、それがドンドン浸透していき、世界が幸せになれると本気で信じています。

その為にも、少しでも人生が豊かになる人が増えればと思い、僕はこうして情報発信ビジネスの存在をブログを通してあなたに伝えています。

よく、自分が幸せではないのに「誰かを幸せにしたい」と言う人もいますが、それはハッキリ言って難しいです。

もちろんその考えは素晴らしいことなのですが、幸せは「分け与えるもの」であり、自分の手元になければそもそも分け与えるという選択肢が存在しないからです。

当時会社員だった僕も、自分のことだけで精一杯だったので奥さんに幸せを分けることはできませんでしたし、何ならお金が無さすぎて八つ当たりをしまくっていました。

だから、他者を幸せにしたいのであれば、まずは自分が幸せになること。

そうする為に最適なのが、僕が取り組んでいる情報発信ビジネスです。

僕も今は、更に情報発信スキルを上げるべく、20代前半で2億弱を稼いだWebマーケッターをメンターとして指導を仰ぎ、高みを目指しています。

30歳までには一生セミリタイアできるレベルの経済的自由を達成します。

そうすることでお金と時間の悩みを本当にゼロにした後は、自分が情報発信ビジネスで学んだことを活かして、色々な業種の役に立ちたいと思っています。

既に友人が経営するピラティススタジオや鍼灸院、美容室などからも「手伝って欲しい」と声が掛かっているので、僕にできることもまだまだありそうです。

ぶっちゃけ、ネットを使った情報発信のスキルは今の時代に最も求められているスキルなので、下手な資格を取るよりも100倍いいです。

情報発信の理念としてはこんなイメージになりますが、最後に伝えたいことがあります。

それは、昔の僕のように「本当に人生つまらん」と悩んでしまっている人へ。

Yusuke
Yusuke
人生はどうとでもできるから絶対に腐らないでほしい

東大軍団を親戚に持つ優秀家系のバグとして生まれた僕でも、一度は貯金を全部なくすレベルの情弱だった僕でも、ここまで来ることができました。

本気で信念を持てば確実に人生は好転させることができます。

絶対に諦めないでください。

その為にも、会社や周りの環境が変わるのを待っていても始まらないので、自分が変わっていくことから始めていきましょう。

ぜひ、胸を張って人生を楽しいと言えるようになって、一緒に乾杯したいですね!

以上が、僕がゼロから1年で年商5000万を稼ぐまでの軌跡と、その過程で辿り着いた幸せな金持ちの定義になります。

ありがとうございました!

現在、情報発信ビジネスをゼロから始めたい人向けの限定無料メールマガジンをリニューアル中です。

本来ならここで登録をお願いしたかったのですが、、、申し訳ございません。

2021年5月中には正式にリリースできる予定です。

その時はTwitter上で告知をしますので、引き続きチェックを宜しくお願いします!